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王道を走れば:幻想にて
第五章、その2の2:敗北
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なほどで、物の数秒のうちに慧卓は姿かたちを取り戻した。生命が蘇る瞬間であった。
 マティウスの知性は自身に告げる。あれは人間の手に負えるようなちゃちなものではない、尋常ならざる『治癒』の魔術を行使している。魔力の流れを見ればそれは理解出来た。浮遊する秘宝と慧卓であったものを中心に、まるで水を吸い込むかのように魔力が集中し、恐ろしい速さで『治癒』を行っているのだ。もちろん秘宝によってそれが為し得ているのは分かったが、それにしてもまるで秘宝そのものに意思のようなものがあるかのようである。否、老練な知見は、あの二つの道具に何らかの有機的な意思が宿っていると確信した。神すら畏れぬ狂的な人の意思があれには篭り、かつての主を求めるかのように今の宿主を必死に生かさんとしているのだ。
 
「美しい光景だ。今までみたどんな生き物よりも素晴らしい。あれこそが私の求めたものなのだろう。そうだ、そうに違いない。あれには綺羅星の如き魔術の粋と、悪魔めいて不浄な人の思いが込められていて......」

 恍惚とした老人の二の句は、中空の秘宝より発せられた衝撃波により噤んでしまった。波は勢いのままに壁の一部を打ち崩し、更には大広間の外にまで伝わって遺跡の支柱とも思わしき巨大な円柱に罅を走らせた。あと一度波を受ければ、そのまま崩れてしまうかと言わんばかりの不安定な様だ。
 マティウスは咄嗟に翳した障壁のために難を逃れ、健常な視力のままに秘宝を見詰める。再生成しつつある慧卓の肉体を守護するかのように、秘宝はオーブを張り、魔力をぐんぐんと高めている。次の衝撃波は更に強いものとなるのが一見して明らかであった。
 あれを妨げる事は可能であろう。全身全霊の魔術を駆使すれば、造作もなく肉体と秘宝の繋がりを断ち切る事ができる。だがマティウスは、歴史ある遺跡が魔術によって崩されるという背徳的で悲しい光景を想像して、それを見たいという思いを抑える気にはならなかった。即ち、秘宝が打ち出すであろう魔術をそのまま座視する事を選んだのだ。

「今更その気になった所で遅いわ。じわりじわりと、いたぶり、弄んでから、たっぷりとその秘密を暴かせてもらおう」

 次なる衝撃波が放たれた瞬間、マティウスの躰はまるで残像のようにぐらりとぶれてしまい、波が伝わる寸前で魔力の名残のみを置いてきぼりにして消失した。数分の一秒の暇を縫って行使された、高度な『転移』の魔術である。
 宮殿の外に広がる住宅群の只中にある、龍の亡骸の上にマティウスは現れて、その大きな胴体の上に足を落ち着けた。いつの間にやら外界は白雪がはらひらと降る幻想的な静謐さに包まれていたようだが、遺跡からの凄まじい轟音のせいで、すぐさま雰囲気を一変させてしまった。ごごごと、背筋に思わずぞわっとしたものを立たせる重低音。そして宮殿がふと身震いしたかと
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