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剣の丘に花は咲く 
第十章 イーヴァルディの勇者
第九話 雪解け
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数の傷を刻まれた身体でありながら、男は立っていた。
 力と意志に満ちた背中を向けて、男は強大な敵に相対する。
 一人の少女を救うため、衛宮士郎は立つ。
 

 
「すまないな、待っていてくれて」
「構わん。別れの言葉を待つぐらいは、な」

 士郎がビダーシャルに笑いかける。
 口元を釣り上げ、目尻に力が込もった獣の笑みを。
 
「さて、では最後にもう一度だけ聞こう。その少女を置いてここから立ち去るつもりはないか?」
「ない」

 問いは一つ、返事は一つ。
 応えを受け、ビダーシャルは右腕を上げる。
 指先が月の光を受けた時、ビダーシャルの背にそびえるアーハンブラ城を構成する壁の石が外れ、地響きを立て宙に浮く。宙に浮いた石は、ビダーシャルの背にとぐろを巻く巨大な石蛇を中心に渦を巻き始める。そして、ビダーシャルの左腕が上がり、石蛇を中心に渦を巻いていた石が石蛇に張り付き出す。石の蛇は、鎧のように城壁の石を身に纏い、巨大な石蛇が更に巨大になる。
 倍以上に膨れ上がった石蛇、否、岩蛇を前に、士郎は数歩足を前に動かし、手を伸ばす。

「で、相棒本当にあれを相手にするつもりか?」
「なんだ、怖気づいたか?」
「へんっ! オイラは剣だぜっ! 敵を前に怖気づく剣がいるかっての」
「いい返事だ」

 士郎は地面に突き立ったデルフリンガーを掴む。
 無事な左手で一気にデルフリンガーを引き抜くと、勢いよく振り下ろす。
 地面に広がる砂埃が宙に浮き、渦を卷く。

「エルフのビダーシャル。今の俺は、少しばかり手ごわいぞ」

 笑い、士郎は告げる。
 剣先をビダーシャルに向けた時、ビダーシャルの後ろでとぐろを巻いていた岩蛇が解き立ち上がった。

「いけ」

 ビダーシャルが上げていた両手を下ろし、岩蛇は士郎に襲いかかる。
 迫る巨大な岩蛇。先ほどの倍以上の大きさになったにもかかわらず、その動きは以前よりも早い。空間を削り取るように進む岩蛇は、まるで一本の巨大な槍のように士郎に迫る。巨大な質量が迫る中、士郎は目を閉じたまま動かない。
 迫る脅威の巨大さに、絶望を感じ動けないのか。
 ―――否、違う。
 守るために士郎は立っている。
 背にある少女を守るために、士郎は立ちふさがり。
 少女を救うため、士郎は立ち向かう。
 眼前に迫った岩蛇が、その存在全てを噛み砕かんと飛びかかり、直前、士郎の目が開き―――

 

 塔のように巨大な岩で出来た蛇が迫る姿に、ルイズたちはその身を硬く立ち尽くしていた。
 エルフの魔法の強大さに、恐れ、怯え、ただ、震えるしかなかった。
 自然災害に人の力が敵わぬように、余りの巨大さにただ見ているしか出来ないでいた。
 だが、その心に、何故か不安の姿はなかった。

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