第十章 イーヴァルディの勇者
第九話 雪解け
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士郎とタバサ。互いの距離は約三メートル程度。月明かりしかない下ではあるが、互いの顔はハッキリと見える位置だ。
「……ありがとう。みんなが助けに来てくれて……本当に嬉しい」
その穏やかな声を耳にし、キュルケは湧き上がる苛立ちに唇を噛み締める。キュルケはよく知っている。何時も無表情で、本ばっかり読んでいて、人付き合いもない、何を考えているか分からないこの小さな友人が、本当はとても優しい少女であると。『雪風』なんて冷たい二つ名を付けられながら、その実そこらの火系統のメイジなんて相手にならないほど熱いところがある女であることを。
「でも、わたしは母さまと一緒にいられるのなら、何処でもいい……ここでも、いいから……別に、何かされるわけでもない。だから、大丈夫……心配しなくても。わたしは本当に大丈夫」
そんな少女にあんなことを言えば、どうなるか何て簡単に予想できる。何より、自分の友達だ。エルフに敗れ、その強さを知ったタバサが、自分のためにその恐ろしいエルフと戦おうとする人を止めようとしない筈がない。可能性があれば、どんな方法さえとるだろう。自分たちが、タバサを救うため国に逆らってでもここに来たように。止めることが出来るかもしれないと知れば、タバサはきっと、どんなことでもしてしまうだろう。
例えそれが、
「だから、みんな、もういいから……わたしは、大丈夫、だから」
一度も見せたことがない、笑顔を浮かべることだとしても。
驚き。
ルイズの、ロングビルの、キュルケの、シルフィードの、ギーシュの、マリコルヌのそれが、最初に浮かんだ感情だった。
タバサは笑っていた。
目を細め、頬を上げ、本当に、本当に幸せそうに笑っていた。
それが、何よりも驚きだった。
無理のない。自然な笑み。誰が見ても頷くほどに、タバサは綺麗に笑っていた。
初めて見るタバサの笑顔。
話しの流れを思えば、タバサが士郎たちを救うために笑ってみせていると直ぐにわかる筈なのに、タバサが浮かべる笑みに、無理な様子は全く見えない。
本当に、幸せそうに笑っていた。
タバサが言うように、本当に大丈夫だと思える程に、その笑顔に無理は感じられず、とても美しかった。
己の『正義の味方の定義』が『笑顔』だと言った士郎は壊せない。
そう思えるほどにタバサの浮かべた笑みは完璧だった。
歯を噛み締め、目尻に力を込めて、キュルケは己の胸を掴む手に力を込める。ぎりぎりと強く握り締めて、キュルケは押さえ込む。痛みを、苦しみを。理由はわからない。ただ、ただ痛かった。苦しかった。タバサが浮かべた笑みを見た瞬間、氷の刃で心臓を切り刻まれたかのような冷たい痛みが走った。
キュルケは、タバサの笑みは偽りではないと気付いた。
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