疑惑
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「アキラ君、今すぐネット碁にアクセスしろ」
タバコを持つのも覚束なく、灰皿に押しつけて火を消した。暗い部屋の中、明るいのは水槽とパソコンの画面だけだ。今は、水の廻る音はイライラする要素にしかならない。
「どうしたんですか、緒方さん」
説明するのも面倒なくらい心が逸る。しかしそうはいかないから、ひどく早口になってしまう。
「現れたんだよ、saiが」
「え?」
「塔矢先生とかつて対局したsaiが、今ネット碁をしているんだ!そしてアキラ君、俺の予想は当たっていたぞ。藤原佐為は、saiだ」
しばらくしてアキラ君は力ない声を絞り出した。
「何を・・・・・・言っているんです」
「・・・100パーセントではないけどな。とにかくネット碁でhujiwaraという名前を探せ。すぐに分かる」
電話を切る直前にアキラ君の声が聞こえた気がするが、もうかまっていられない。目の前の研ぎ澄まされた一手一手をじっくり見ておきたかった。
「藤原佐為・・・それがお前の名前か」
投げかけた言葉に返答はない。藤原佐為はsai、そしてhujiwara。しかしまだこれは巨大な謎の一角でしかない。進藤の行動がそう言っている。
塔矢は碁会所を後にし、昔ヒカルが通っていたネットカフェを目指して走り出した。確信があった、saiはそこにいると。息が切れて途中で何度か立ち止まった。身体は熱くなっているはずなのに、saiのことを考えると鳥肌が立つ。地下鉄の中、進藤と初めて対局した時のことが頭に蘇る。石を持ちなれていない手つき、変なところで止まる癖、遥かなる高みから僕を試したあの一手。いつ思い出しても何か納得がいかないあの対局。あれから僕は進藤に必死になった。何年も探し続けていた答えを、今掴もうとしている。高揚した自身に歯止めがかからない。深呼吸をしてアキラはこれからのことに臨もうとした。
―お前にはいつか話すかもしれない―
こんなに早く、来るなんて・・・
そう思って、僕は歩くのをやめた。
進藤が今までsaiのことを、かつての強さのことを僕に快く話したことがあったか?自分から話しだしたことがあったか?
脈が速くなる。緒方先生の言っていたことを反芻する。「あの子はsaiだ」、と。
進藤が通っていたインターネットカフェは大きなガラス窓が特徴的だ。右を向いて、中を確認した。
「佐為・・・」
無意識に放っていた言葉。目と鼻の先にある光景を見て、文字通り硬直した。この前父と会って対局した彼が、パソコンに集中しているのがはっきり見える。そして、その後ろで見守っている進藤も。
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