第十章 イーヴァルディの勇者
第七話 矛盾が消えるとき
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』からベッドの上の母に移る。
物語る声が途中で止まったにもかかわらず、母は暴れることもせずただじっと自分を見つめていた。
硬く石のように冷たく硬直した顔を必死に動かし、小さな、微かな笑顔を母に向けたタバサは、震える口を小さく開き物語の続きを語りだす。
イーヴァルディは竜の洞窟の中に入っていきました。付き従うものはありませんでした。松明の明かりの中に、コケに覆われた洞窟の壁が浮かびあがりました。たくさんのコウモリが、松明の明かりに怯え、逃げ惑いました。
イーヴァルディは怖くて泣きそうになりました。皆さんが、暗い洞窟にたった一人で取り残されてしまったことを想像してください。どれほど恐ろしいことでしょう!
しかもこの先には、恐ろしい竜がひそんでいるのです!
でもイーヴァルディはくじけませんでした。
己に何度も、イーヴァルディは言い聞かせました。
『ぼくならできる。ぼくは何度も、いろんな人間を助けたじゃないか。今度だってできるさ。いいかイーヴァルディ。力があるのに、逃げ出すのは卑怯なことなんだ』
ふと顔を上げると自分を見つめていた母は、何時しか瞼を閉じ小さな寝息を立てていた。母が眠ってしまっても、タバサは物語を語るのを止めない。
物語を読みながら、タバサは母を見つめる目をそっと閉じた。瞼を閉じ、暗闇に満ちた世界が広がる。闇を見つめながら、タバサは昔、母から読み聞かせられたいた幼い頃に感じた矛盾が消えていくのに気付いた。
『イーヴァルディの勇者』というタイトルに感じていた矛盾。
幼いながらに考えていた。
何故『イーヴァルディの勇者』なのだろう? と。
イーヴァルディ―――それは地名ではなく、この物語の主役の名前であった。なら、タイトルは『イーヴァルディの勇者』ではなく『勇者イーヴァルディ』ではないのだろうか? 子供の時分、そんな疑問を抱いたタバサは、ある日母にそのことについて訪ねてみたことがあった。母はわたしの言葉に一つ頷き自分の頭を優しく撫でると、膝を曲げ目線を合わ、柔らかい笑顔を浮かべてこう言ったのを覚えている。『今は分からなくても、そのうちきっと分かるようになるわ』、と。
闇の奥に浮かんだ、かつて母が浮かべた笑みにつられるように頬を微かに緩ませたタバサの心にその続きが思い浮かぶ。
あの時、母に答えをはぐらかされた気がしたわたしは、頬を膨らませながら母に問い詰めたのだ。『そのうちっていつなの』とむくれるわたしに、母はわたしの胸に指を当てて何と言っただろうか……。
ああ、そうだ、思い出した。
そう、確か、こう言ったのだ。
伏せてしまった父王の代わりに務めた政務に疲れ果て、椅子の上で眠りこける父を愛おしげに見つめながら、母は私に言った。
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