第十章 イーヴァルディの勇者
第七話 矛盾が消えるとき
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竜の怖さを知らないのだ』
イーヴァルディは言いました。
『ぼくだって怖いさ』
『だったら正直になればいい』
『でも、怖さに負けたら、ぼくはぼくじゃなくなる。そのほうが、竜に噛み殺される何倍も怖いのさ』
部屋の空気が微かに揺れたことを感じ、タバサは居室にビダーシャルが入ってきたこ戸に気付く。しかし、タバサは恐ろしいエルフが来たというにも関わらず、本から顔を上げることなく朗読を続ける。母は最初からエルフを怖がることはなく、自分ももう気にすることはなくなっていた。タバサはここに閉じ込められた十日間の閨Aずっと母に『イーヴァルディの勇者』を読んでいた。何度かほかの本を読もうとしたが、『イーヴァルディの勇者』以外の本では、母が何時ものように暴れだすことに気付いてからは、ずっと『イーヴァルディの勇者』しか読んでいなかった。そのため、タバサは今ではもう、『イーヴァルディの勇者』をほぼ全て暗記してしまっていた。
本を読むタバサに近づいて来たビダーシャルは、タバサの手に本があることに気付くと口元に笑みを浮かべた。
「随分とその本が気に入ったようだな」
背後からの声に、タバサは何の反応を見せない。ビダーシャルもまた何の反応を示すことなく『イーヴァルディの勇者』から視線を外さないタバサに近付いていく。タバサの背中に立ったビダーシャルは、タバサとベッドに眠るタバサの母を見下ろす。
「慰問に来た旅芸人が、中庭で芸と料理を振舞っているそうだ。蛮人の芸や料理に全く興味はないが、この十日間ずっとここに閉じこもって流石に気が滅入っているだろう。気晴らしに見物でもしてきたらどうだ。特別に今晩だけこの部屋を出ることを許可しよう」
タバサは何も反応を示さない。ただ母に物語を語り続けるだけ。
部屋の中にタバサの物語る声が響く。
ビダーシャルはその様子をじっと見下ろしていたが、やがて身体を翻し背中を向け、ぼそりと声を漏らした。
「明日、薬が完成する」
呟かれた声は僅かに硬かった。
物語を紡いでいた口がピタリと止まる。
「薬を飲めば、お前はお前ではなくなる。旅芸人の芸と料理でも、少しは慰めになるのではないかと思ってな」
「…………」
心の死を目前に、最後の慈悲をとのビダーシャルの言葉。
それにタバサはただ沈黙で応えた。
息を吸う音と吐く音がやけに大きく響く中、足音が一つ混じる。
扉に向かって歩き出したビダーシャルは、そのまま部屋を出ていった。
「扉は開けておく。興味が出たなら見てみればいい」
扉が完全に閉まる直前、僅かに開いた隙間からビダーシャルの声がタバサに向けられた。
タバサは、やはり何も答えることはなかった。
ただ、手元の『イーヴァルディの勇者
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