一人月を背負う
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晃さんを責める事は出来ない。
その時さっと音がして天幕の入り口が開いた。
最初に飛び込んできたのは泣きそうな顔をした三角帽子の女の子で、徐晃さんのもとへ行こうとしたが手で制される。そのあとに二人の女の子。一人はさっきの子でもう一人は赤い髪をした子。最後に二人の女の人が驚くほど暗い顔で入ってきた。
「……いつから聞いてた?」
低い声と無表情で尋ねる徐晃さんからは感情が読み取れなかった。
「……戦の話の途中から……です」
ほとんど全部という事か。桃色の髪の女の人が涙声で申し訳なさそうに言うと徐晃さんは少し目を細めてため息をついた。
「とりあえず自己紹介しておけ。この二人は董卓と……」
「今更隠してもしょうが無いわ。どうせ尋問するつもりだから人払いもしてあるんでしょう? ボクは賈駆よ」
詠ちゃんはキッと徐晃さんを睨んで吐き捨てるように言った。
続くように劉備軍の人たちも自己紹介をしてくれたが、詠ちゃんは劉備さんの自己紹介の時に怒気が溢れ、しかしそれでも何も言わずにただ黙っていた。
自己紹介が終わると天幕内に痛いくらいの静寂が訪れた。
「賈駆。お前の憎しみは正しい」
沈黙を破ったのは徐晃さんで、その瞳は呑みこまれそうに昏い色をしていた。絶望と憔悴と哀しみの色。
「俺達はお前達の描いていた幸せな未来を奪った。そして俺達の望む未来を押し付けようとしている」
天幕内の皆は徐晃さんの話に聞きこんでいる。劉備軍の人たちは皆言葉を聞くごとに顔が翳っていく。
「憎んでくれていい、怨んでくれていい。……でも死なないでくれ。せめて生き残ったのならその気持ちを糧にしてでも生き抜いてくれ」
詠ちゃんの顔が怒りに歪む。彼はその時すっと頭を下げた。
「お前達のようなモノが出る世の中は……見たくないんだよ。世界を変えさせてくれ。次の世代の子供たちが笑って暮らせるような世界を作らせてくれ」
その言葉は謝罪ではなくただの懇願。彼は何かに祈るように言葉を紡いでいた。
(俺には……それしかできないんだ……)
ぼそっと引き絞られたように掠れた声で漏らした呟きが聞こえたのは一番近くに居た私だけだったようだ。
この人は自分の無力さを呪っている。全てを助けられない、命の取捨選択をするしかない今の世を変えたいだけ。その犠牲の重さも分かっている。
自分が呪われる事で誰かが幸せに生きてくれるならそれでいい。やっぱり私と似ている。そして詠ちゃんにも。
「……詠ちゃん。徐晃さんは救いたい命が多いだけで詠ちゃんと同じだよ。頭のいい詠ちゃんならそれがもう分かってるよね? きっと詠ちゃんの言葉を否定する事も、批難する事も、反論する事もできた。でも徐晃さんはそれをしなかった。それもどうしてか分かるでしょ?」
私が言うと詠ちゃんは悲しそうな顔をした。
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