第三章:蒼天は黄巾を平らげること その5
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仁ノ助は言葉の端に僅かに出かけた矛を収めて前を見つめる。進軍を始めてより早二週間。冀州へと入った官軍は既に広宋を包囲している軍と合流しようとしていた。
「見えましたね」
地平線の彼方から徐々に見えてきた群集に、曹洪が呟いた。遠目から見ても分かるくらいの大群衆、大軍勢。高く掲げられた旗は自らの頭領の一字を刻んで『我こそここにあり』と言うようにはためいている。最も多く見えるのは『袁』の一字、袁本初の旗だ。黄色の旗、いやよく見たらあれは金色の旗であったが、あれは黄巾賊の党旗と同色のそれは、賊共の物などただの紛い物であると言わんばかりの豪奢な色合いだ。あれを指揮する袁紹はなぜ態々賊と似た色の軍旗を掲げているのだろうか。
次に見える旗は、『公』。ということは公孫讃の軍だろう。白馬義従の根幹をなす駿馬達があの旗の下に集っているに違いない。袁紹軍と比べれば地味な印象を受けるほど、控えめに旗をはためかせていた。
そしてその軍旗に紛れて、十字に交わされた剣の印の旗が靡いているのが分かった。
「曹洪、あの旗は何処の者だ?」
「『天の御遣い』という人物が率いる義勇軍かと。各地を転々としていき、今では公孫讃の軍に身を寄せているそうです。武芸に秀でた者がいると噂になっております。また義勇軍の主は、天界から来た若人であると言われています」
天の御遣いという単語に疑問がわいた。そのような噂は史実で流布されたとは記憶していない。一体何者であるというのか。
「ご安心を。ただの世迷い言の一つとして広まっているだけですので、信憑性はほとんどありません」
それもそうだろう。皇帝を差し置いて天界などという更に高みから来たと語ってしまえば、不敬の極みとして義勇軍は処刑に連座する事もあり得るからだ。もちろん、噂を信じ込んだ者も含めての一大処刑である事は、王朝の腐敗ぶりを聞き及ぶに想像に難くない。
だがそれにしては規模が多いように見える。公孫讃の軍勢と比較しても、その半数に膨れ上がるほどだ。軽く二千は超えているようにも見える。あれを指揮する者は余程信頼されているか、または畏敬されているのだろう。もしかしたらあれを率いるのは桃園の誓いを交わした、あの三義兄弟なのだろうか。仁ノ助は思わず期待してしまう。
「義勇兵のまとめ役は誰なんだ。知っているか?」
「天の御遣いと称されている、北郷一刀という男らしいです。北郷とは、なかなか珍しい姓名ですね」
「同郷ですか」という問い。だが仁ノ助自身、そのような名を持つ友人は日本にも中原にも居なかった。それに、自分の出身についてごたごたが起こっては面倒だ。
頸をきっぱりと横に振り、仁ノ助は十字の旗をじっと見つめる。他の軍から際立って目立つその印が彼には不気味な存在に思えた。
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