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剣の丘に花は咲く 
第十章 イーヴァルディの勇者
第五話 動き出した歯車
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 タバサの答えに、ビダーシャルは眠るタバサの母に顔を向けた。
 
「母親に関しては特に何もしない。我はただ『守れ』とだけ命じられている」

 ビダーシャルの言葉に、僅かに安堵の吐息を漏らしたタバサは、続いて自分の運命を問う。

「わたしは?」

 母親からタバサに移動したビダーシャルの目に、僅かに逡巡の色が宿ったが、瞬きの後、その色は何処にも見えなくなっていた。何も変わらない平坦な声音で、ビダーシャルはタバサの運命について口にする。

「心を失ってもらう。その後はお前の母と同じく『守れ』と命じられた」

 死と同義の宣言を受けたタバサだが、その目には恐怖の影はない。ただ、一度目を閉じ、小さく顔を伏せただけ。

「それは今から?」

 顔を伏せたまま問いかけるタバサに、ビダーシャルは首を横に振る。

「心を失わせる薬は特殊なものだ。調合には短くとも十日はかかる。それまではこの部屋の中だけであるが、好きにしたらいい」
「母の心を狂わせた薬もあなたが?」

 顔を上げたタバサの目がビダーシャルと合う。

「あれだけの持続性を持つものは、薬でも魔法でもお前たちでは不可能だ。お前には気の毒な話であるが、これもまた『大いなる意思』の思し召しと思い諦め受け入れろ」

 タバサに背中を向け、ビダーシャルが扉に向かって歩き出す。
 それを尻目にタバサは窓際に近付く。
 窓の向こうには、天に輝く太陽の光に照らされた砕けた城壁の姿があった。タバサの知識の中では、アーハンブラ城は打ち捨てられた廃城だった筈だが、先程の貴人室やこの使用人部屋を見るに、どうやら最近改築されたものと思われた。
 砕けているとは言え、未だ優に五メートルを超える高さを保つ城壁に遮られ、その奥の中庭や城の外を見ることは出来ない。だが、僅かに覗く本丸から張り出した大きなエントランスには、槍や銃で武装した兵士の姿が見えた。今見えているだけでも十人は超えているだろう。一体どれだけの人数がいるのか、わかったとしても、杖がない以上母を連れての脱出は無理だ。いや、例え杖があったとしても、あのエルフがいる限り脱出の可能性はない。
 今にも部屋から出そうになるビダーシャルの背中に、タバサは声をかける。

「わたしの使い魔は何処に?」

 貴人室にもこの使用人部屋の中にも自分の使い魔の姿がないことに気付いたタバサの質問に、ビダーシャルは背中を向けたまま答える。

「あの韻竜ならば、逃げたぞ」
「……そう」

 シルフィードの正体は見抜かれているようだ。だが、この高位のエルフによれば、それも仕方がないことだろう。
 殺されていないということがわかり、安堵の息を漏らすタバサだったが、次に心配気に眉が寄った。自分を姉と呼び慕うシルフィードのことだ、自
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