第十章 イーヴァルディの勇者
第五話 動き出した歯車
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楽しむだけならば、これだけ向いた物語はなかった。
シャラっ、とページが捲られる乾いた音が部屋に響く。現れた時と同じく、ビダーシャルは既に部屋からいなくなっていた。
母が眠る横で、本を読む娘。
重く鈍く、霞掛かっていた思考の隅に、微かに幼き時、母が眠る自分の横で物語を読んでいる光景が浮かぶ。
何時からか、タバサは声を出して物語を読んでいた。
幼き時、母が自分を寝かしつける時のように。
――― イーヴァルディは、シオメントをはじめとする村のみんなに止められました。村のみんなを苦しめていた領主の娘を助けに、竜の洞窟へ向かうとイーヴァルディが言ったからです。 ―――
何かが動く気配を感じ、タバサが本から顔を上げると、目を見開いた母親と目が合った。思わず息を飲み、声が止まってしまう。数舜の後、人形を探す。あの人形がなければ、母は取り乱し暴れ始めるから。膝を立て、立ち上がろうとした。しかし、そこで違和感を感じた。母の顔を見る。何時もならば、傍に人形がいないことに直ぐに気付き、暴れだす筈。タバサに向かって『わたしの娘を返して!』と掴みかかって来る筈なのに……。なのに今、母はただ何かに驚いた顔で、タバサの顔だけをじっと見つめているだけだった。
もしかして、とタバサは視線を本に向ける。この物語の一節で、母が何かを思い出したのかもしれない。自分のことを娘だと思い出したといった都合のいい考えだけは、思い浮かばなかったが、悪いものではないだろうと思う。母の顔に浮かぶ驚きは、悪いものではなかったから。
立ち上がりかけた足を曲げ、タバサは床に膝を着ける。
最後になる母と娘の時間。
淡く脆い優しい時間を守るため。
窓から射し込む双月の光の下。
タバサは、物語を紡ぎ始める。
――― シオメントは、イーヴァルディに尋ねました。
『おお、イーヴァルディよ。そなたはなぜ、竜の住処へ赴くのだ? あの娘は、お前をあんなにも苦しめたのだぞ』
イーヴァルディは答えました。
『わからない。なぜなのか、ぼくにもわからない。ただ、ぼくの中にいる何かが、ぐんぐんぼくを引っ張っていくんだ』―――
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