第十章 イーヴァルディの勇者
第五話 動き出した歯車
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口伝や詩吟、芝居等様々な方法で語られているため、国や地域に留まることなく多くの人に知られている。語られる国や地域、人によって伝え方や筋書き、登場人物が違う等があるが、それもまた、多くのバリエーションがあるということで飽きられることなく語り継がれている理由の一つだ。
もはや『イーヴァルディの勇者』は、一つの作品と言うよりも、一つのジャンルと言っても良かった。
そしてタバサはそのことを良く知っていた。
見下ろす母の横に転がる『イーヴァルディの勇者』。表紙の端は手垢に汚れ、所々赤黒く変色している。最初は綺麗だっただろう紙も、何度もめくったのだろう、今はもうよれよれに波打っていた。
良く……知っている。
何故なら、その本をそのようにしたのがタバサ自身だったからだ。
何度も何度も読んでいた。
幼い頃は母に寝物語で読んでもらい。
本が読めるようになると、他の本に興味が向き、積極的に開くことはなくなったが、不思議と時間があればこの本を読んでいた。
タバサが『イーヴァルディの勇者』を好んで読むことについて、父や母など近しい人は気にしていなかったが、時折来る他の貴族はいい顔はしていなかった。
それも仕方がないだろう。
メイジではない者が主人公の英雄譚である『イーヴァルディの勇者』を好む貴族の方が珍しい。例えその主人公が、物語によって男や女、神の息子に変わったとしても、メイジではないという時点で、この貴族を中心とした世界では異端に過ぎるのだ。貴族でこの本を読む者や、研究しようとする者は、異端や愚か者とさえ呼ばれ蔑まれていた。そのため研究する者は少なく、『イーヴァルディの勇者』が表舞台出ることはなく、最も古い物語と言われながらも、今も貴族支配に不満を持つ平民が適当に生み出した御伽噺だと言われていた。
語られる方法や場所、国や地域で全く違うと言ってもいいほど変わる物語―――『イーヴァルディの勇者』。
ビダーシャルが言う『光る左手』は確かに多くの『イーヴァルディの勇者』に出てくるが、全てに出ているわけではない。
文法も筋書きも登場人物でさえ、語る人によって違う。
同じものはただ一つだけ。
その名前―――『イーヴァルディの勇者』だけ。
彫像のように固まっていた身体が動き出す。
膝を曲げ、ベッドに眠る母の横に転がる本の表紙を撫でると、ゆっくりとそれを開いていく。
タバサがこの『イーヴァルディの勇者』を好んで読んでいた理由は、単純明快なものであった。
面白いのだ。
勧善懲悪で、幼い子供にも理解できるほど単純なストーリーで、しかも面白い。これが広がらない理由がない。確かに単純で簡単な物語は研究対象には向かないものではあるが、ただ
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