第十章 イーヴァルディの勇者
第五話 動き出した歯車
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の心が冷え切り。心の奥に微かに燻っていた怒りや抵抗感といった熱が冷めていき、代わりに無力感が心を満たしていく。
心が無力感に満たされると、今度は諦めが湧き上がり、身体が鉛のように重くなる。喉の奥から心から漏れた冷めた息が溢れた。
虚ろに揺らぐ瞳でベッドに眠る母を見下ろすタバサ。
何もする気が起きず、ただ母の安らかな寝顔を見続ける。何の苦しみも感じられない穏やかな顔を浮かべる母親を見つめるうち、鉛のように重くなった心が僅かに軽くなった気がした。そのうち、頭の片隅に、こんな安らかな顔になれるのなら、母と同じく心が失われても構わないのでは? という気持ちが湧いてきた。
どれだけの時間が経ったのだろうか、窓から見えていた天高く白く輝いていた太陽は、赤く歪み山脈の彼方に消えていこうとしていた。
「……何時までそうしているつもりだ」
背後から声を掛けられたタバサは、緩慢な動きで肩越しに後を振り向く。
そこには何時の間に部屋に入ってきたのか、扉を背に、広げた本に視線を落としたビダーシャルの姿があった。
「…………」
何も映さないタバサの瞳がビダーシャルに向けられる。ビダーシャルは本から視線を上げ、タバサを見る。ビダーシャルはそこで、タバサの瞳に何の感情も感じられないことに気付くと、パタンっ、と音を立てて本を閉じた。
「……退屈ならば本でも読んでいろ」
ビダーシャルは閉じた本をタバサの母親が眠るベッドの上に放り投げる。ボスンと音を立て、眠る母親の脇に転がる本を無意識に追うタバサ。その目に、倒れた本の表紙が映る。
「その『イーヴァルディの勇者』は、中々興味深いものだ」
タバサの視線は本の表紙から離れない。まるでビダーシャルのことを無視しているかのようなタバサの態度に、だが、ビダーシャルは気にすることなく話し続ける。
「特に興味深いのが、この本の中に現れる英雄に似たものが我らエルフの伝承にもいることだ。聖者『アヌビス』。かつて大災厄でシャイターンからサハラを守った聖者だ。この本に、勇者イーヴァルディは光る左手を持っていると語られているが、同じく聖者『アヌビス』も、輝く聖なる左手を持っていたそうだ。その他にも、人とエルフの違いはあるが、驚く程共通点が多い……これは何を意味するのか……興味が尽きないな」
『イーヴァルディの勇者』という物語は、数多にある英雄譚の中で特に異色を放つ話であり、最も知られている話でもある。特に他の英雄譚と違うのが、物語の主人公がメイジではないというこである。勇者イーヴァルディは始祖ブリミルからの加護を受け、人に仇なす竜や悪魔、亜人たちを左手に握る『剣』と右手に握る『槍』を使い打倒していく。『イーヴァルディの勇者』には原典がないため、
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