理想の先と彼の思惑
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で歩こう。
そう決めて陣の外に出ようとしたが警備の兵が私を止める。
行くならあちらにと指差された先には一つだけ地に座る小さな人影があった。
それは今一番会いたくない人だった。
虎牢関の戦いで一番傷を負わせてしまった人。
私の苦手な人。
でも何故か私の脚はそちらに向かう。
近づくと掛けられたのは優しい声だったが、返答できずにただ隣に腰かけた。
「私は……わかってなかった」
少し間を置いて思っている事が無意識に口を突いて出る。
結局自分は誰かに話したかったんだという浅ましい気持ちに笑いそうになるが抑え込んだ。
その人はこちらを見ようともせずに無言で月を映したお酒を見つめていた。
「三人が死にかけて初めて怖くなったんだ。大切な人を失うっていうことが」
続けても静寂しか返ってこなかった。
何も言わずにグイとお酒を煽り私が話すのを待っているように見える。
自分の言葉がただ流されるだけの落ち着いた空気は不思議と心地よく感じてきた。
「私は兵の気持ちも、戦って殺してきた人の気持ちも背負ったつもりになってた」
失いかけて始めて気付けた。自分の行ってきた事の罪深さに。
子供だって理解している簡単な事を分かっていなかった事に恐怖と後悔が押し寄せる。
「命じるだけで私は何もしていない。付いて来てくれる人の死を背負ったつもりになってた。殺された敵兵の人達もただ悪い人に従っていただけの罪のない人達だった」
溢れ出した言葉は止まらない。しかし涙はもう枯れ果ててしまっていた。
「理想を語るには責任が足りなかった! 私の理想のために死んだ人たちにも大切な人がいたのに、私はその人たちから奪ってしまった! 私の理想は……その人たちから笑顔を奪ったんだ!」
自然と声が大きくなっていた。やっとその人はこちらを向いてくれて目が合う。
こちらを見る黒い瞳は私を責めている様には見えなかった。
「そうだ。……お前は、お前の理想は人の笑顔を奪っている」
繰り返された言葉は胸の深い所まで突き刺さる。この人は最初から分かっていたんだ。私達のしている事の罪深さを。
「……私の理想は……皆が笑顔で暮らせる争いの無い世界。笑顔を奪って……このままじゃ――」
「迷うなよ? お前は自分で考えて答えを見つけろ」
自分が言葉を続ける前に突き放された。甘える事は、立ち止まる事は許さないと言うように。
「お前は答えを知ってるはずだがな」
次にその人が放った言葉は意外なものだった。
私が答えを知っている? そう言われて思考に潜る。
私の作ろうとしている世界には犠牲になった人たちとその人を想っていた人達の笑顔がない。
きっと怨んでいることだろう。きっと憎んでいくことだろう。
その悲しみに耐えきれず自ら命を絶つ人もいる
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