第11話:夏の残像
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自由形決勝の召集に向かうべく、階段を降り男子更衣室を通り抜けプールサイドへ向かう廊下に出る。プールサイドの方へ向かおうとする時に、反対側に輝日南中のジャージを上に羽織った女子選手が壁に頭を当てているのを見かけた。
(知子、だよな。スタンドにも戻らず、こんなところで何を…。)
知子の表情はここからは、見えなかった。ただ、壁に手と額を当てたままで震えていた様子から恐らく泣いているのだろうということは分かった。
(あの決勝で表彰台にあとコンマ03秒足りなかったことが相当悔しかったんだな、さっきレースが終わったばかりなのにダウンもせず、ずっと悔しくて泣いていたのか)
なんて声を掛けたら良いのか、いや本当は声を掛けない方がいいかもしれないが、と俺は知子を見つめて考えていたのを覚えている。ただ、いま振り返ってみると、ただ声を掛けようとする勇気がなかっただけなのかもな、と己のヘタレさに呆れてしまう。しかし、知子の姿を見ていて、何か声を掛けないと、という気になり俺は声を掛けることを決心した。
「知子」
声を掛けた時、知子の震えていた肩がピクッと上がった。俺の存在に気がついたのだろう。しかし、直ぐに上がった肩が下がり再び震えだす。
くやしいのは表彰台に上がれなかったこともあるだろう。それにお人よしの知子のことだ、それ以上にチームに貢献できなかった自分に対してふがいなさを感じていたのかもしれない。こいつがこんなに落ち込んだのを見たのは、この時が初めてだった。
後ろから両手を知子の両肩をポンと置いた。俺はその時、何も考えていなかった。今分析すると、おそらく安心させようとしていたのだろう。肩が震えていたことと鍛え抜かれていた肩がそれでも小さかったことは今でも覚えている。
「本当に、…あと少しだったのよ?あたしが、あと指をもう少し伸ばしていたら…、きっと勝てたのに…、ごめんなさい…涙子先輩、裕子先輩…!」
今日のレースで引退する先輩方の名前を次々と呟く。彼女らは知子と同じ1バタの選手で、予選で敗退した。知子はレース前に、先輩方の分まで頑張る、と誓って望んだのだった。きっと涙子先輩も裕子先輩も知子を責めないだろう、でも知子はまだ自分自身を許せないんだろう。
知子が俺の方を向いた時、目から大粒の涙が溢れていた。涙は赤くなっていた頬を伝い、顎に至り、雫となって胸元に落ちる。
「悔しいよ、……たっくん……!」
ここから先、俺は自分が何故そういう行動を取ったか分からない。抱きしめてしまったのだ、それも思いっきり強く。さらに、廊下を歩く人目も気にせず。あまりに軽率な行動であったと、今でもこの人生上顔をマクラで覆いたくなる出来事である。
知子の顔は呆然と俺を見ていた。目尻に涙が残って
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