暁 〜小説投稿サイト〜
至誠一貫
第二部
第一章 〜暗雲〜
九十七 〜嵐の前の静けさ〜
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 ……待てよ。
「では、また明日にでも様子を見に来る。ゆっくり休めよ」
「わかった」
 華佗が出て行った。
 翡が病を得たという事は、涼州軍は動けぬと言う事か?
 代理で翠が率いる可能性もあるが、いきなりの指揮権譲渡は思うに任せぬ事が多い。
 如何にあの馬超とは申せ、まだ若過ぎる上に経験も不足しているのだ。
 それに、月との関係もある。
 ……動かぬな、これは。
 真偽の程は定かではないが、華佗の耳にまで入るという事は余程の重態か、或いは意図したものか。
 いずれにせよ、西から脅かされる懸念だけはなくなったと見て良いな。
「歳三。入るわ……っ!」
 慌てた声に振り向くと、詠が立っていた。
 耳までに真っ赤に染まったまま、固まっている。
「如何致した?」
「な、何でもないわ!」
 そう言いながらも何故か、視線を逸らそうとする。
「さ、さっさと服を着なさいよ!」
「おお、華佗の診察を受けていたのでな」
 どうやら、男の裸は見慣れておらぬようだな。
 普段は強気な詠にも、このような一面があったとはな。
 だが、重ねて困らせる趣味は持ち合わせておらぬ。
「すぐに着替える故、暫し部屋の外で待て」
「い、いいわよもう! 夕食の支度が出来たから、さっさと食堂に来なさい!」
 逃げるように、詠は走り去っていった。

 そして、食堂にて。
「詠ちゃん。一体どうしたの?」
「な、何でもないわよ」
「でも、顔が赤いし。熱でもあるの?」
「だ、だから何でもないって言ってるでしょ!」
 真顔で心配する月に、詠の顔は赤くなるばかり。
「うふふ、純情ねぇ」
「う、うるさいわよ紫苑!」
 全く、戦を目前に控えているとは思えぬ雰囲気だな。
 と、詠が私を睨み付けてきた。
「何を笑ってるのよ、歳三!」
「笑ってなどおらぬぞ?」
「何言ってるのよ! 今口元に笑みが浮かんでいたわ!」
 つい、微笑ましさが出てしまったか。
 気の緩みは禁物だが、適度に硬さが取れるのならば悪くないな。
「にゃ? お兄ちゃん、食べないのか?」
「いや、いただこう」
 鈴々は場の空気などお構いなしに、旺盛な食欲を見せている。
 ……今は、この一時を噛み締めるのも一興か。
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