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世紀末を越えて
プロローグ
樂間啓の世界観〜神と世界と人間と〜

[2]次話
 いいえ、神はこの世を多分に愛していらっしゃるように思われます。その存在を信じるも、信じないも、結局の所各々の各々たる所以ではないかと思われます。

 神はこの世の万物を創世したと云われている。ならば神には今なおその万物を管理する義務が課せられていなければならない。

例えば我々の基準で考えるならば我々の苦しみ、及びおおよそこの世に存在しているとされている生きとし生けるもの、それらの死滅などから解放することがおおよそ該当すると思われる。

しかし現実としてそれは起こっているものだ。ただ、それは神の基準によってはそれは歪みではなく、我々が幸せというものを日常の中から認識するための必要悪である、と、そういった捉え方をしている可能性も否定はできない。

であるならば逆に各国家群に存在する正義を掲げる者たちは何かといえば、当然只の人間に過ぎない。

そうでなくとも、この世に於いて、一つの歪みを正すためにとった行動が新たな歪みを生み出してしまう、誰が悪いという事も無い。或は、それを回避しつつも歪みをこの世から除去することが可能な存在が、そういった真の神なのか。しかしそれ以前に私たちにとって幸せとは何なのだろう。人間はあくまで世界の一部であり、この世全てを完全に理解することなど不可能だ。

ならば少なくとも僕はその神が常に人間の認識する世界の外側に存在すると信じたい。絶対に神の存在を知恵の実によって淀んでしまった目で認識してはいけない。僕は、この相対的な価値観の外側で、そういった、不可視の神だけは永久に絶対の存在であって欲しいのだ。

例い暁光得たりと思いて精進すれども、其の道多枝に渡りて、迷い挙句、孰れ無情なる太極の責め苦に依りて、其の道全て対に霧消し、停滞に精も竭尽す、即ち雲隠れの世に於きて、信ずるもの、衣纒し神に尽く。
[2]次話


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