九話 「小さな一歩」
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乳ドン。
終わり。
「こんなんでいいだろ」
出来るだけ右手を使ったがやはり左手がジンジンと痛む。医者に親指固定されたから使い辛い。
洗い物の桶に手を突っ込み修行の要領で水を回す。意思に応じ水は回転し出し渦を巻くが全然綺麗にならない。うむ、いつもやっていることだが水の勢いがやはり足りない。
しょうがないので洗剤の入った水の中に手を入れる。右手で洗い物を持ち、左手はそれを覆う様に構える。左掌に意識を集中、その手のひら内側の水の勢いを強め局所的な渦を作り洗っていく。
(掌の近くだけ、とかなら強くできるんだよな。広範囲は力が足りん。頑張らんと)
ジャブジャブ洗っていく。洗い逃しがあれば使うけどスポンジいらねー。
さて、おっさん呼ぶか。
夕飯のさなかおっさんの箸が突きつけられる。
「お前、橋田のジジイんトコの壁に落描きしたろ」
箸で人指すなよおっさん。
おっさんが言うのは恐らく池ジジイの事だろう。あいつ橋田って名前だったのか。
「そうですけど、よく分かりましたね」
「見に行ったからな。一つだけ墨で描かれた妙に描き慣れた様な絵があったぜ。昔、テメェの家で見たことがあるのに似てたよありゃ。親子ってのは似るもんだなオイ」
その言い方はヤめて欲しい。頭が痛くなる。
「花もあったが、ありゃ白か?」
「いえ、違います。そう言えば白、お前は何か描いたのか?」
気になり白に聞く。
「下の方に小さく子犬を」
「ああ、あったあった。あれが白のか」
おっさんが言う。そうか、白も描いてたのか。犬ってピッタシだなおい。
「で、何かおっさんからお咎めでもあるんですか」
突然言いだしたのはそれだろうか。
「ねぇよ。寧ろ落描き見て心の中で爆笑したぜ俺は」
「何でまた……」
「あそこのジジイには前に嫌味言われたからな。余所者ってのは辛いねぇ。もっとやれガキ。もっと好きに楽しめ」
魚齧りながら楽しそうにおっさんは言う。こいつホントにいい大人か。
「じゃ、庇ってくださいよ」
「ああ? 見つかったら「どうぞ」ってお前差し出すに決まってんだろ。何言ってんだ?」
そこでバカ見るような顔すんなテメ。箸で豚肉突きつけんな。
「することは自己責任だろ。自分の為に、自分の好きなことするんだよ。人を理由にするなよ全く」
ヤレヤレ、とおっさんは溜息をつく。殴りたい。
「ガキなんだから好きに動きゃいいんだよ。周りなんて無視しろ無視。頭一つ下げれば大抵お咎めなしだ。いいねぇ、そんな気楽に生きたいね全く。だから全力でバカやれ」
おっさん、あんた……少しは良い事言って、
「お前が頭下げるの見て俺は笑うからよ」
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