第一話 〜始まる前のお話 前編【暁 Ver】
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げた瞬間、背筋が。凍り付いた。
先ほどまで人畜無害な笑みを浮かべていた『人間』は。あろう事か私を。この『私』をだ。嗤っていた──── だが、それも一瞬で人の良さそうな笑みへと取って代わった。
「あぁ、最後にカレーを食べたいと思ったものですから。私は病院のベッドで寝ていた筈なんですがね。それどころか痛みを抑える薬の副作用による倦怠感や不快感がまったくありません。まるで……『生き返った』みたいです」
この『人間』は恐らく気付いている。自分が置かれている状況を、だ。私を試すつもりなのか。
「あなたは生き返ったのではなく、死んだんです。病院で」
「そうですか」
やはり全く動揺していない。
「随分と落ち着かれているんですね」
「その話し方、疲れませんか」
全身が。ぶるりと震えた。
「煙草を吸っても?」
「……どうぞ」
『彼』は何故か煙草を持っていたが珍しい事ではない。死んだ際に慣れ親しんだ物を持ってくる場合がある。持ってくるとは言っても実際に持ち込んだわけではなく、当人の強いイメージが形になっただけだ。彼が持っている煙草もライターも幻に過ぎない。だが、本人がそう思い込めばそれは『本物』になる。現に彼が今着ているのも病院着などではなく、ダークブラウンのスーツだった。ワイシャツにネクタイまでしっかりと締めている。傍らには仕事で使っていたのであろう鞄もあった。それだけ、イメージが強いのだろう。
彼は慣れた手つきで煙草を咥えると火を付ける。肺一杯に煙草を吸い込むと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。煙草特有のつんとした香りが鼻腔を刺激したが不思議と不快では無かった。
「美味しいですね。入院してから医師に止められてまして。……久しぶりです」
彼はポケットから携帯用の灰皿を取り出すと灰を落としながら口を開く。
「死ぬ前は人事課にいましてね。面接の担当をすることも多かったんですよ。十年以上、色んな人を見てきました。だから何となくわかるんですよ。ちょっとした仕草や言動の端々から」
「……何が、でしょうか」
彼はどうも理屈っぽい人間のようだ。このタイプは苦手だ。……とっとと終わらせてしまおうか。
「敬語で話すのが酷く苦手そうであったり、今何を考えているか、とか。私との会話のテンポも遅れてきましたね。面倒になってきた或いはやっかいだな、と思ってませんか?」
「そんな事はありません。あなたがここにいるのはお察しの通り既に死んでいるからです。その死も……こちらの不手際で結果的にあなたを死なせてしまった事になります。あなたはまだ死ぬべきではなかったのです」
予め用意してある台詞を今までと同じように諳んじる。彼が何を考えているかは知らないが、私のやることは変わ
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