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銀英伝小品集
帰ってきたリオ・グランデ
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虎がどうしてお前さんのところにいるのかということのほうに興味があるね。ベランダでフィッシュ・フライでも食べてたのか?」
 「本人に訊いてみるさ」
 努力して表情を作る必要もなく、ポプランは心底迷惑という感情を表情筋に表現させることに成功した。だが、三十秒後に直撃した生物学的観察の結果という名の巨大な爆弾の衝撃を気の利いた形に表現することは、彼のなかなか高性能な表情筋をもってしても困難であった。
 「なるほど、責任を取れと迫りに来たか」
 「なんだって?」
 「このご婦人はどう見てももうじき臨月、だ。独身生活とさよならする準備をしておくんだな」
 「冗談じゃない!」
 「いやいや、ただ一人の女性に独占されるというのは素晴らしいことですぞ、ポプランさん」
 「独身主義はどうした!」
 「小生の独身主義は他人に布教するものではなく個人の信仰にとどめておくべきものでしてね、他人の幸福を妨害する道具に使用すると天罰を被るのですよ」

 「そうなの。あの人を連れて帰ってくれたのね、小さな虎さん」

 ヤン艦隊が存在したかつてと変わらぬ陽気な大騒ぎをぴたりと鎮めたのは、ビュコック夫人の一言だった。
 買い物袋よろしくぶら下げられるという虐待から一転、リンツの腕の中に寝床を与えられ、豊かな毛並みを撫でられる厚遇を受けていた小さな虎──リオ・グランデ種の雌猫は午睡の楽しみを中断されて抗議したそうであったが、安眠妨害の犯人たる老婦人の掛け値なしの優しい微笑を見ると心を和らげたようで、おとなしく抱き上げられることを承知した。
 「ポプラン中佐」
 「えっ?はい、何でしょう?」
 「この子を私にいただけないかしら」
 意外な助け船にポプランは一瞬きょとんとした様子だったが、夫人の次の一言を聞くと背筋を伸ばして敬礼した。
 「リオ・グランデはあの人の船ですもの。乗っているのはあの人以外にありえないわ」
 「…至急工作艦と補給艦、病院船を手配いたします。それから、アイリッシュ・ウイスキーも」
 「お願いしてよろしいかしら」
 「構いませんよ」
 三十分後、猫用のブラシとフード、バスケットそして文字通りのものを抱えたアッテンボローが戻ってきたときには、同盟軍宇宙艦隊最後の総旗艦と同じ種名を持つ猫はビュコック夫人の腕の中で安らかな寝息を立てていた。
 アレクサンドルという名の雄猫がビュコック夫人の臨終を看取り、シャルロット・フィリス・キャゼルヌ・コクランの二番目の愛猫として彼女の机上に寝場所を定めるのは、この数年後のことである。

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