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銀英伝小品集
腎臓石の剣
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 帝国暦四八八年、宇宙暦七九七年二月一九日、イゼルローン要塞。
 捕虜交換式と一連の手続きは滞りなく終わり、ヤン艦隊の幹部連はそれぞれの詰所に戻ろうとしていた。
 「赤毛ののっぽさんか…」
 不意に、ポプランが何かを思い出したようにつぶやいた。
 「どうしたんです?」
 「いやね、イゼルローンを落とした時捕まえた帝国軍の捕虜に本職は役者だという奴がいて、そいつから聞いたんだが、帝国じゃああいう赤毛ののっぽさんを腎臓石の剣、シュヴェーアトと言うらしいのさ」
 「腎臓石?」
 一瞬何のことだか想像し得ず、ユリアンは怪訝な顔で訊ねた。
 「軟玉石、翡翠の一種だわね。大昔は、武器に使ってたらしいわ」
 意味ありげに肩をすくめた撃墜王に代わってユリアンの疑問に答えたのはフレデリカだった。
 ポプランはおそらくたくらんでいたであろう不謹慎な賭けの提案が不発に終わって、いささか残念なそうではあったが、あっさり降参して運命論者の捕虜の代弁者の役を務めた。
 「ご明答。んでもって、腎臓石の剣は折れる物だから、儚い運命なんだと。おおユピテルの猛々しき姿なる腎臓石の長剣、マルスもその威をおそるるなり、されどメルクリウスの奸智を斬り払うあたわず、葡萄の木の投げ槍利き腕を貫きたり…」
 「ほう、『フォルモーントの嘆き』か」
 シェーンコップが口にした名詞は帝国暦400年代の中期から後期に移ろうという時代につくられた悲劇の題名であったが、ユリアンの知識には存在しなかった。
 「ご存じなんですか?」
 「なあに物心つく前にちょいとね。俺様は赤毛ののっぽさんじゃなかったが、ギムナジウムの演劇でその腎臓石の長剣、騎士シュヴェーアトの役をやったことがあってね。姫君ヒルフェ役の女の子に本気で惚れられて、困惑したもんさ」
 「シェーンコップ准将にもそういうころがおありになったんですね」
 悪役の同級生に恨まれて逃げてくる羽目になったんですか、とはユリアンは訊かなかった。似たようなことをポプランも考えていたようだったが、こちらはムライが咳払いを一つするとそそくさと退散した。
 「ま、俺はきらきら星の高等生命体にあらざる尋常の人間だからな。女はどんな姿でもいいがぶどうは蔦の投げ槍よりも、410年物のワインの姿で来てほしいと願う俗物になるまでには歴史というものを積み重ねたわけさ」
 「で、閣下の目から見てキルヒアイス提督はいかがです?」
 「そうだな。金髪の親玉のほうはミノス王の手下のバルログが鞭どころか尻尾まで巻きつけて罪をはかるだろうが、赤毛の時は出番が無くて連中は困惑するだろうな」
 捕虜の言を肯定するかのような、敵であるキルヒアイスを案じるかのようなシェーンコップの口調に、ユリアンはこの精神骨格たくましい防御指揮官が人生という路上に突然発生する陥穽を決し
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