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或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
六月 野心なき謀略(四)
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最後の箍を破壊してしまうだろう。
 責任者である馬堂主査が確信をもってこの捜査に踏み切っているとは平川にはとても思えなかった。 先日の焦燥を露わにした様子を見たのだから無理もない。
 縋るような気持ちで何か確証をつかんだのでは――という考えもあったが、平川の理性は悲観的な予想をがなり立てている。
「――平川主任」
 聞きなれた――だが、これまでと違い朗らかさが完全に消えた声が聞こえた。
「小森先輩」
 振り返って平川は目を見開いた。その先に居る男は一瞬、自分の知らぬ人間ではないかと錯覚する程に変わり果てていた。
「いよいよ、連中が乗り込んで来たようだ。俺は記者を締め出すから貴様は連中の相手を頼む、すぐに戻る!」
言葉を紡ぐ唇は引き結ばれ、顔は蒼褪めて汗が滲み、目だけが異様に光を湛えている
「勘付かせるな、締め出すんだ。何としても内々で済ませなくてはならない。
――まだだ。まだどうにかなる筈、だ」
 速足で歩きながらぶつぶつと呟く姿は平川の知るそれとはあまりに違う。
「・・・・・・先輩」
 何かに縋りついているのだろう。おそらくは噂になっていた退役後の栄達に。







 小森中尉は広報室を出ると、中央省庁特有の一際厚い壁越し隣室に陸軍局に常駐している記者の部屋の扉の前に立った
「――なんのつもりだ」

「なんのつもりもなにも――我が社を代表して親愛なる友人にお見舞いを申し上げたくて」
私服の青年がにたりと笑って見せた。

「友人?笑わせるな、貴様が――」
 軋むような声を上げる小森をその青年は遮った。
「始めたのは貴方だ。それは逆恨みでしょうが。なぁに、約束通り上は推薦状を出すそうですよ。
なに、ほんの数年ほとぼりをさませばいいでしょう。我らも良き出会いを台無しにはしたくない」
野良犬に餌を放るかのような身振りをして記者は半歩、眼前の将校から離れた。
「・・・・・・」

「まぁ残念と言えば残念ですがね。貴方が警察に移れば――それはそれで美味しい話だったけど」

 無言でただ立っているだけの小森に気圧されたのか、青年は徐々に声を弱くし、尻すぼみにそろそろと部屋に戻ろうと扉に手をかけようとした――が、それを待ち構えていたかのような。タイミングで玄関広間から、闖入者が登場した。
 
「――おはようございます、小森主任。そちらの御方と御一緒に、少々御時間よろしいでしょうな?」
 陸軍局の衛兵を連れた馬堂豊久監察課分室長はにこやかに微笑んだ。
「あ、そちらの民間の方には拒否権がありますよ?高等掛は別ですけど
そちらの方が良い待遇かもしれませんから試してみるのも面白いかもしれませんね」



同日 午後第六刻 皇州都護憲兵隊 長瀬門前分隊本部庁舎内監察課分室

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