六月 野心なき謀略(三)
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戦を経験した事を示す略綬が着けており、その中に将校自ら白兵戦を経験したことを示す野戦銃兵章が紛れている事に気づいた豊久は改めて姿勢を正した。
先任大尉であり、あらゆる面で先達である彼には、豊久も強く出る事は出来ず――そもそも強く出ることを嫌う性質ではあるが――行儀よく体面に座り彼の言葉を待つ。
「――ですが、監察課が態々出張るのならば、文書課に一言通すのが筋だと思いますがね。
広報室は確かに独立性を持っていますが文書課の管轄下にあります。
そして我々も広報室の状況に危機感を持っています、我々とて“監察は不要”などと言うつもりは毛頭ありません」
広報室と文書課は陸軍局庁舎でも別の階にある。広報室は一階で安東吉光兵部大臣の言葉を借りるのなら“小五月蠅い連中を堰き止める”役目を負わされている。
一方で文書課は三階の局長執務室、兵務部長執務室に並んでおかれており、陸軍局筆頭課として序列の高さを誇示している。
「申し訳ありません。津島係長殿。
連絡の不手際です、深くお詫び申し上げます」
本来は秘匿の為であったが、それを態々彼に言うほど豊久は正直さを万能の美徳だとは信じていない。
「構いませんよ。監察課が秘匿で動くのは良くある事です。とりわけ昨年からは」
暗に堂賀首席監察官の事を言っているのだと豊久も了解していたが、首を竦めるにとどめた。
「――ところで、態々非礼を詫びに来ただけではないでしょう?」
「はい、広報室から任意で借り受けた資料の中で幾つか気になる点がありまして、それについて御相談を受けていただければ、と」
と言いながら豊久は幾つかの書類を鞄から取り出し、応接机の上に置いた。
「ほう?どれ、拝見させてもらいますよ」
と書類に素早く目を通す。
「――まさか私の懐具合まで調べ上げるつもりかね?」
「可能ならば拝聴させていただけませんか?」
慇懃でありながらどこか高圧的な口調で豊久は尋ねた
「・・・・・・不愉快だ」
「必要な事ですので」
険悪な視線を平然と受け流し、豊久は微笑を浮かべた。
「いいだろう。話すよ、話さん方が面倒な事になるだろうからな」
自制心を総動員し苛立ちを一度の溜息に収束させることに成功した、津島大尉は改めて口を開いた。
「――正直なところ、私が未だにこの軍服を纏っているのは意地に過ぎない。
自分で言うのもなんだが私は優秀な事務屋だと評判でね。退役しろ、こっちで働け、とまで同期やかつての上官、そして父に言われている」
淡々とした口調で語る津島大尉はある意味、豊久の知る将家の者達よりも貴族的な矜持の高さを感じさせた。
「――そうでしょね」
彼は衆民輔弼令から数年を経ていまだ将校は将家の者であった時期に少尉として任官している。その中で四半世紀近くも
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