六月 野心なき謀略(三)
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舎内監察課分室
監察課 長瀬門前分隊 分室長 馬堂豊久大尉
「さて、現在の状況と行動方針についてですが――状況としては広報室の協力者に提供された予定表の裏どり優先の度合いと並行し、文書課 及び広報室の下級課員の実態把握を中心に監察を進めていきたいと思います。高等掛の方々についても細かな指示は岡田少尉にお任せしますが、文書課の下級課員達の行動把握を主眼に置いていただきます、何か質問は?」
分室の上座に座った豊久はそういうと六名の憲兵達を見る。
一番年かさの男が手を上げた。
「曹長の佃です。行動把握の主な焦点はどのようなものになるでしょうか?」
「岡田少尉から後で指示があるでしょうが、基本的には金銭関係、及び退役した後のあてがあるかどうかを対象とする予定です。
他にも幾らか調整はありますが、詳しくは岡田少尉からとなります」
「ありがとうございました、分室長殿」
曹長は僅かに片眉を上げて礼を言うと席に着いた。
将校だけでなく、下士官にも丁寧な口調を使っているのは分室が解散した後もこの選良主査は“協力者”として彼らと“好意的な”関係を築きたいからなのだろう。
いかにも将家的というべきか、それとも情報将校としての堂賀大佐に育てられているとみるべきか、と分室の面々は視線を交わして苦笑した。
――少なくとも理解のない選良風を吹かせた馬鹿よりはこっちをこき使うつもり奴の方がマシか。
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同日 午前第十三刻 人務部監察課執務室
監察課 監察指導主査 馬堂豊久大尉
「進捗状況はどうだね?」
首席監察官は人務二課から運び出した書類の束を不安げに弄んでいる主査に面白そうに尋ねる。
「捜査の九割は無駄足だってうちの元憲兵が言っていた事を思い出しましてね。これから一割の情報が出るだけでも運が良いのかと思うと――」
「焦るか?」
「焦りますね」
間髪入れずに返す年若い部下に堂賀は笑いながら云う。
「今のうちにそうして苦労できる事に感謝するのだな。勇み足を踏もうとして留めてもらえるのも贅沢の内だ」
「そうかもしれないですが今は辛いです。あまり時間をかけると分室が解散した後が怖いですし」
「それも経験の内だ、若造。
今のうちに七転八倒する事だな。相談には乗ってやるから精々気張ってみろ、分室長」
とにやにやと楽しそうにしている愛すべき上司に豊久は重い溜息をついて幼年学校に入って以来の最も軍人的な口調で答えた。
「了解しました、首席監察官殿」
「――励め励め、物事は愉しめるようになるものだ」
文字通り嗅ぎ出そうとするかのように鼻先を眼前の人務書類に突き出す青年将校を堂賀は懐かしそうに笑いながら眺め
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