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或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
六月 野心なき謀略(二)
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六月野心なき謀略(二)

皇紀五百六十四年 六月十三日 午後第六刻 馬堂家上屋敷
馬堂家嫡男 馬堂豊久


 ――こればかりはどうしようもない事だ。 将家に産まれた以上、いやそうでなくてもいずれはこうした事が必要になるのは知識としては理解していた。
だがそれでも不意を突かれるのは嫌な事を忘れる人の心理故か。

「え?」
 そんな言葉の羅列を脳裏に過らせながら馬堂豊久はマヌケな声を上げた。
「どうだね?実にすばらしいと思わないか?」
 豊守が満面の笑みを浮かべて豊久が先月から急に見慣れた物になった人事書類に良く似たそれを差し出した。
「故州伯爵・弓月家――その次女だ。器量もお前にはもったいないくらいだ。
うむ、教養もあるし、家格も申し分ないどころか、本来ならば此方が頭を下げて頼みこむような相手だ」
 だが浮いた話からは擲射砲の射程よりも距離を取っていた砲兵大尉は人力で押される砲よりものろのろとした口調で相槌を打つだけだった。
「・・・・・・そうですね」

「・・・・・・それだけか?」

「え?・・・えぇ、そうですね。その、光栄・・・です?」

「です?ときたか!……なぁ豊久。お前はどうしたいんだ?
まさか既に心に決めた人が居るとか、どこかの店で入れこんだ女がいるとでも言い出すのか?」
豊守が呆れたように溜息をつくと豊久は顔を赤らめて否定した。
「いやいや!そんな事ないですよ!」

「だよな、お前の金遣いは趣味に全力投入しているのは知っている――なら何が不満だ?」
 豊守が怪訝そうに問う。
「いえ、別に不満と云うわけではないのですが――実感が持てないといいますか、今まで縁がないと思っていましたので」

「それはそれで問題だな、節度を保つ事と無関心でいる事は似ているようで全く違う。
無理に伊達男を気取れなどとは言わんが、お前も将家の跡取りであるのだ。それでなくてもお前自身にとっても重要な事だ、自覚していてくれ」
 呆れたように溜息をつく父に、豊久は決まり悪そうに頬を掻きながら尋ねた。
「そうですね、それで――弓月伯爵家でしたっけ?たしか皇家直参の名家でしたよね?」
 
「うむ、お前も駒州で初等教育を受けた頃にならった筈だな、諸将時代にも皇家の下で故府の支配を行っていた家だ。今代の当主である由房伯爵は警保局長の任についておられる」

「‥‥‥陪臣に嫁がせる家格じゃないですね。年が一回り違いますが、それこそ若殿様や分家筋の方――陪臣だとしても益満様を相手にするのが妥当ではないでしょうかね?」
 豊久の言葉に豊守は僅かに眉を顰めて答える。
「それなりに向こうにも事情があるのさ。だが―――真っ先にそうした話題にいかれるのも複雑なものだな」

「?」
 豊久は無自覚に首を傾げた。
「おか
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