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或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
六月 野心なき謀略(一)
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仕切る事に傾注しているからである。佐官以上の人事を司る人務第一課長と並び准将が課長を務めるあたり、監察課が大きな権威を持っている事が分かる。
――中央政府機関として兵部省・軍監本部が統制を得るまで苦労したのだろうな。
と豊久は内心面白がっていた。

「今月も怪しいものだが、来月からは大荒れだろうな。覚悟を決めておけよ」
と三崎が肉厚の顎を撫でながら言った。

「――来月は兵部省の局長会議、再来月には定期人事異動の発表でしたね。
絶対面倒事が起きるだろうし――せめて通常業務の意味くらい把握したかったのですがね」
 うんざりと豊久が頭を抱えていると三崎中佐が太鼓腹を震わせて笑いながら云った。
「おいおい、あまり情けない事をいうな。だいただな、ここの仕事は基本的に面倒事の解決だぞ」

「はい、企画官殿。あぁまったく副官と聞いたから内勤だけだと思っていたんですけどね」

「残念だがそうもいかないようだな。
まぁ首席監察官殿は現場出身だからそうしたやり方を好んでいるのだろうさ。
それはそれで貴様にも良い勉強になるだろう」
椅子に腰かけながら三崎が云う
「はい、企画官殿。色々と学んでおります。えぇ」
 つい先月行った受勲審査の事を思い出し、馬堂主査は呆けたような口調で言った。

「――あぁ随分と意外なものを見聞きしたようだな」
 三崎が問いかけると若い主査も鉄筆を弄びながら
「そうですね――意識してなかった方向で見聞が広まったと思います。えぇ、その点は良かったと思います」と答えた。

「ふん、苦労知らずとは言わんが、俺達のする苦労とは全く違ったものだっただろう?
貴様の世代はその手の面倒をどうにか御さねばならんのだよ」
東州で家を傾けかけた安東家に仕える男の言葉に若い軍人貴族は真面目な顔で頷いた。
「――よし、励めよ 若造。まだまだやるべきことは山積みだ」と背中を叩き、三崎は立ち上がった。
三崎企画官と入れ替わるかのように、満面の笑みを浮かべた堂賀首席監察官が若い中尉を引き連れてやってきた。
「おう、副官。御苦労だな、貴様に客が来ている」

「首席監察官殿、そちらは――」
 立ち上がって敬礼を奉げた馬堂大尉は大賀大佐の後ろに立っている若い中尉に物珍しそうに視線を飛ばす。
「君も名前は知っているだろう?広報室の平川中尉だ。君に個人的な用事があるらしい」

「はい、首席監察官殿。久しぶりだね、平川中尉。幼年学校以来かな?」

「はい、お久しぶりです、主査殿。後で少々お時間をよろしいでしょうか」
その言葉に馬堂大尉は一瞬、逡巡するが、上官が頷くのが視界に入ると僅かに頬を緩めて頷いた。
「えぇと――あぁ大丈夫だよ。昼からでいいかな?」


同日 午後第一刻 星岡茶寮
監察課主査 馬堂豊久大尉
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