暁 〜小説投稿サイト〜
戦国御伽草子
参ノ巻
陸の魚

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・っ」



 僕は想いを振り切るように、(こうべ)をひとつ振った。



 この気持ちは、しかし忠宗殿も同じである筈なのだ。父としての愛情は、まだその立場に立ったことのない僕には量るべくもないが、同じなどと僕が考えるのも烏滸(おこ)がましいほど深く大きいものであるのかもしれない。



 前田家が焼けて無くなった際、瑠螺蔚さんを佐々家に預けてくれた忠宗殿。対して忠宗殿自身は前田の分家へ。しかし、父娘である瑠螺蔚さんと忠宗殿が別々の家で過ごすことは、対外的に明らかに不自然だった。しかも嫁入り前の大事な姫のほうを血縁でもない家に預けたときている。表向きの理由は「家も義母も兄も亡くした姫の心を前田家のより近くで癒やすため。見慣れた隣家で暮らし、普段と環境の変化を避けるため」だったが、そんなものはただの言い訳隠れ蓑だと疑わないものはいなかっただろう。・・・ああ、ひとりだけ、瑠螺蔚さん自身は、それに疑問を持つこともなかったみたいだけれど。まして本当にそういう理由なら、忠宗殿も一緒に佐々家に来れば良いだけの話だ。忠宗殿は表向きの理由に添って何も言わないし全く顔にも出さないが、本当にこれは見事だったと思う。未婚の前田の一の姫が、佐々家に預けられ、そして父すらそれを認めているかのように預けた後は時折様子を見に行くだけで寄りつきもしない。これはどういうことなのか。決まっている。もう前田の姫は佐々家に嫁入りするということだろう。本来未婚の姫にはいい醜聞だが、父親までが看過しているということは内々に話が纏まっているとみてまず間違いない。これは全く佐々家にしてやられた。・・・こういうことが、天地城で(まこと)しやかに囁かれていたなんてこと、瑠螺蔚さんが知ったら仰天するんだろう。忠宗殿は、ありがたいことに幼き頃から大層世話になり、また可愛がってくれ、僕を高く評価してくれている人だ。そのせいか、はたまた婚儀の証文による義務感のせいか、我が子可愛さのためか、このような憎いこともしてくれる。忠宗殿によって瑠螺蔚さんが亦柾と一緒に寝所に閉じ込められた、徳川の証文の件は・・・あれは仕方が無い。忠宗殿の行動力の早さに呆気にとられる気持ちもなくはないが、家同士で交わされた証文は、徳川と前田という家同士の「契約」だ。破るなんて以ての外という常識から言えば、忠宗殿の心中お察しする。まぁそれほど大事な証文をころっと忘れていたあたりがやっぱり瑠螺蔚さんの父上だな、と思わざるを得ないが・・・。しかしそれに目をつむれば瑠螺蔚さんが佐々家にいること、そのことで他家への牽制の役割は十二分に果たせ、過激派の極一部を除き瑠螺蔚さんに直接寄りつく影も見えず、忠宗殿の目論見は完全に成功していたと僕は油断していた、んだろう。



「・・・兄上様、瑠螺蔚さまは、眠っておられるのですわ」
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