第三章:蒼天は黄巾を平らげること その2
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ーーーその夜ーーー
今日の行軍を終えて、皇甫嵩らが主軸となる官軍は陣を築いて、荒涼とした大地を枕として眠りに就こうとしていた。篝火の明りと月の光が陣営を照らしており、夕餉を終えた者達の多くが天幕へと戻っていたようだ。歩哨が欠伸をかみ殺しながら何時くるともしれぬ盗賊を警戒し、暗がりの中からぬらりと現れた隊長に驚くと取り繕うように苦笑を漏らした。気を抜きがちな部下を、隊長はまるで仕事をしない夫を見る妻のような目で睨んでいた。
果てしない叱咤と言い訳の攻防はさておいて、仁ノ助は既に日課となりつつある、就寝前の剣の素振りに取り組んでいた。盗賊と交戦しなかったとはいえ一度も剣を振らないままでは腕が衰えるだけであり、兵を率いる立場となったからにはその怠惰は許されないものであった。数を数えたりはせずに、一振りを丁寧に、そして力強く振るっていく。技を究めるというよりかは精神を正すといった方がよいものであった。
孔子曰く、というよりも孔子の言葉を諳んじた夏候惇曰く、『君子は言に訥にして、行に敏ならんと欲す』。彼女がそのような大層な言葉を知っているだけでも驚きに値したが、而して言いたい事は理解出来た。うじうじとするよりも行動に移して結果を出せ、と言いたいのだろう。死線を共に潜り晴れて仲間となった以降の彼女は、無遠慮に、そして思いやりを込めて助言をしてくれる。仁ノ助はそれを有難く思い、鍛錬の心の支えとしているのであった。
「なかなか張り切っているようだな、青年」
ふと、背中の方から声を掛けられる。赤い衣服を着た妖艶な女性が立っていた。その顔は長社に居た頃に、朱儁の兵が鍛錬をしていた際に知った顔であり、そして彼女は紛れもない勇将であるとも仁ノ助は知っていた。
「俺なりの嗜みだ。使えぬ者は殺されるだけ。俺はそうなりたくない」
「私も同じだ。戦場で勇壮に戦い、その果てに骸を晒すのは武人としての誉れだ。だがそれが自らが弱かったからという理由によるものでは納得しきれん。せめて最後までは自らの強さを信じていたいからな。・・・そなたの場合、何か大きな覚悟があって鍛錬していると見える。守りたいものでもあるのか?」
「・・・仲間と主、そして自分自身だ。何よりも代えがたい存在である彼ら。そして彼らと喜びを共にできる自分自身。どっちも大切だ。だから俺はどっちも見殺しにしないために、こうして夜遅くまで頑張っているんだよ。まっ、若いやつの馬鹿な努力と嗤ってくれ、孫文台さん」
「・・・まさか。人の覚悟を笑うほど、私は落ちぶれた存在ではないよ。辰野仁ノ助くん?」
「くん付けされる歳じゃないっての!」
そう、仁ノ助が言葉を返す相手というのは江東の虎、一説によれば春秋時代の兵家・孫武の子孫であると称されて
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