暁 〜小説投稿サイト〜
季節の変わり目
一昨日
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 
 まだ朝日も昇っていない夜中の4時にヒカルは目覚めた。ここ最近気がかりなことが多くてなかなか寝られないし、そのせいで身体の疲れが取れない。大事な棋聖戦予選の最中だというのに、ヒカルは自分自身にイライラしていた。そしてその悩みの種は、全て佐為に関することだった。
 
 一昨日、部屋で碁の勉強をしていたら、急に電話がかかってきた。鞄から携帯を取り出し画面を見ると、こんな時間に珍しく和谷からだった。すぐに通話ボタンを押すと、和谷の興奮した声が電話越しからでも大きく耳に入ってきた。

「おい、進藤!今、塔矢先生と佐為がネット碁で対局してるぜ!」

まさか、と思い和谷に確かなのか確認すると、「本当だって」と声を荒げて言ってくる。家にパソコンと言えば父さんのものしかないから、下におりて父さんの自室に勝手に入る。まだ仕事で帰ってきていないのをいいことに、俺はパソコンの電源を入れた。トップの画面が出てくるまで台所に行ってお茶を汲む。まさか塔矢先生と佐為が対局するなんて、夢にも思わなかった。

 確かに、画面上には佐為と塔矢先生の盤面が映し出されていた。画面の右横を見てみると、それぞれの持ち時間は2時間だった。それを見た瞬間、正直驚いた。塔矢先生が2時間も取るなんて、と。100手ほど進んでいるが、もう佐為の投了は時間の問題で、あと数手で終わるだろう。中央の黒石が容赦なく殺されていた。塔矢先生が本気だというのは、一目瞭然だった。

「塔矢先生がネット碁をまた始めたなんて・・・。しかも、佐為と」

一年前の佐為と塔矢先生の対局が思い出される。佐為の気迫を後ろに感じながら示された場所へ打っていく。あの時は自分が対局の中心にいるようで、両者の気迫がとめどなく感じられた。今、画面を見てみると、佐為の一手が盤上に置かれたところだった。勝手に進んでいく対局にひどく疎外感を感じる。こんなに素晴らしい局面が映し出されているというのに。

「いつまで昔の佐為と比べてみてるんだよ」

自分に嫌気がさして、目を瞑っていると、投了の音が聞こえてきた。佐為が投了したのだ。俺は机に身を乗り出して画面を注視した。改めて見てみると、佐為はもう前より数段上の力を身につけていた。プロの三段、四段と例えてもそん色ない。初めて会った頃と比べてみると、ありえないほどに成長している。

「佐為・・・」

最初の頃と今の佐為を直接比べるとおかしいくらいに差があった。佐為と出会って3ヶ月とちょっと。これは少し異常なのではないか?いや、佐為の潜在能力が高かっただけの話だ。そう自分に言い聞かせる。そして最近打った佐為との対局を思い出してみた。いつの間にか、俺は少し本気を出して打つようになった気がする。それでも佐為はまだまだ俺には勝てないが。そういえば和谷がこの前こう言ってた気がする。
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ