第二章
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「そうなってしまう、君達にも迷惑をかける」
「いえ、それはお気になさらずに」
「そのことは」
「いや、いい」
また言う島崎だった。
「君達もそこまで私に気を使わないでくれ」
「ですか」
「そう仰いますか」
「間も無く死ぬのだからな」
だからだというのだ。
「死ぬ人間に気を使っても仕方ないだろう」
「そうでしょうか」
「そうだ、それに私は色々とやってきたからな」
またこう言うのだった。
「苦しんで去ろう」
「あの、若しもですが」
ここで一人が言ってきた、傍にいる者の中の一人がだ。
「先生に罪がなければ」
「多くあるが」
「では徳が罪より多ければ」
彼はこう島崎に言った。
「その時は最期のその時に」
「その時にか」
「はい、この暑い中で」
このことは紛れもない、しかしその中でもだというのだ。
「先生は涼しい思いをして眠られるのでは」
「私の徳が罪より多ければか」
「人は必ず罪を犯します」
一口に罪といっても様々なものがある、島崎がこれまで犯してきた罪とは別の種類の罪も数多いことは紛れもない事実だ。
しかし世にあるのは罪だけではない、その他もだというのだ。
「そして徳も積みます」
「その両方を重ねていくか」
「そうです、そして徳が罪より多ければ」
「私は涼しい思いをしてだな」
「そのうえで心地よく眠られてです」
そしてだというのだ。
「去られるのでは」
「だといいがな」
島崎は上体を起こしたままで彼に顔を向けて言った。
「私の徳がその罪より多く」
「そして心地よく眠られるのならば」
「それに越したことはない」
島崎も言うことだった。
「是非な」
「はい、そうなれば」
「どのみち間も無く去る」
これは間違いなかった、島崎自身が最もよくわかっていることだ。
「その時を待つか、それでは」
「それではとは」
「もう一杯貰おうか」
彼に顔を向けての願いだった。
「水をな」
「はい、それでは」
「水はいい」
島崎は水のおかわりを頼んでからこうも言った。
「全てを癒してくれる」
「そうですね、水は」
「そうしたものですね」
「今も喉を潤してくれた、それではだ」
「はい、もう一杯ですね」
「持って来ますので」
こうして水がもう一杯持って来られた、島崎はその水で喉を潤したがそれでも暑さは変わらない、床に寝ると余計にだ。
暑さを感じつつそのうえでこの世を去ることになると思っていた、罪の方が重いと。
それは起きられなくなってからもだ、周りにすっかり小さくなってしまった声で言った。
「暑いままだな」
「今もですね」
「暑いですか」
「夏らしいといえばらしい」
天井を見たまま傍にいる彼等に微笑んで言う。
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