第一部
第四章 〜魏郡太守篇〜
四十六 〜父娘〜
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ぐる。
「大きいんですね、お父様の背は」
「……月も、父御の覚えがないのか?」
「……はい。私が物心つく前に、他界しましたから」
一瞬気落ちしたようだが、それを振り払うかのように、私の背を拭き始めた。
「どうですか? 痒いところがあったら言って下さいね?」
「うむ。もう少し、上を頼む」
「はい。こうですね?」
懸命に手を動かす月。
……これが、私が知る歴史では、多数の人命を奪う暴君と同一人物だと、誰が信じようか?
儚げで、純真で。
「月」
「何でしょうか、お父様?」
「……お前は、私の娘。そう思うが、良いか?」
「ど、どうなさったのですか? 急に」
「いや。今までは、曖昧なまま、好きに呼ばせていたつもりであったが。お前が良ければ、正式に父子の関係を結びたいのだ」
「お父様……」
月の手が、止まった。
「……私の事なら、お気遣いは無用です。きっと、上手くやって見せます」
「お前の悪い癖が出たな。何でも、一人で抱え込もうとするな」
「え?」
「お前が努力家という事も、人を惹き付けるものを備えている事も確かだ。だが、これからお前が向かう場所は、魑魅魍魎の世界だ。お前の美点が、そのまま利用される恐れもまた、十二分にある。それも、承知しているのであろうが」
「…………」
「だが、お前一人が重荷を背負う事はない。無論、お前が望まぬならば話は別だが」
「そ、そんな事ありません! お父様は、本当に素晴らしい方ですし……わ、私も、本当のお父様だと思っています」
「そうか。……月、泣きたい時は泣くが良い。困った時には遠慮は要らぬぞ?」
「お父様……お父様っ!」
そのまま、月は私の背に抱き付いた。
嗚咽が聞こえ始めた。
……このまま、暫し時を過ごすしかあるまいな。
「すう、すう……」
翌朝。
月は、安らかな寝息を立てている。
……私と共に寝る事を望んだ月を、突き放す理由など何処にもなかった。
無論、月は我が子、手を出すつもりは毛頭ないのだが。
そのまま、朝を迎えた次第だ。
彼女を起こさぬよう、そっと臥所を出る。
「お父様……」
長旅の疲れが出たのであろう、このままそっとしておいてやるとしよう。
その日は、殆どの者が二日酔いになっていた事は、言うまでもない。
例外は元皓だが、見事なまでに窶れ果てていた。
……嵐が、妙に活き活きとしていたのとは、酷く対照的であった。
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