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至誠一貫
第一部
第四章 〜魏郡太守篇〜
四十三 〜棄民〜
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何もないのだ」
「……はい」
 そう、看過するしかないのだ。
 如何に袁紹の治政が劣悪であろうと、それを糺す権限はない。
 そして、その為に苦しむ庶人にも、手を差し伸べる訳にもいかぬ。
「袁紹さんは、この事をご存じなのでしょうか?」
「知っているなら、普通は何とかしようと思うのだ」
「普通は、ですけどねー。でも、あの袁紹さんですからね」
「……だが、国の礎は民。それを顧みぬ者は、為政者たる資格はない」
「……当たり前の事なのですが、どうしてそれを理解しない方が多いのでしょうか」
 沈痛な表情の愛里。
「このような地獄絵図は、永遠には続かぬ。……そう、信じる他あるまい」
 私は、手綱を握り締めた。

「止まれ!」
 不意に、行く手を遮られた。
 不揃いの得物を手にした集団で、人数は五十名余、と言ったところか。
 男ばかりではなく、女子(おなご)も混じっているようだ。
「何用か?」
「此処を通るなら、通行料を置いていけ」
 先頭の女子(おなご)が、叫んだ。
「通行料だと?」
「そうだ。とりあえず、有り金と食糧全てだ」
「お前達、山賊なのか?」
 鈴々がそう言いながら、蛇矛を構える。
「山賊ではない!」
「ならば、何故通行料を要求する? 見ての通り、我らは公務中だが?」
「そんな事は関係ない。皇帝だろうが何だろうが、此処を通りたきゃ、通行料をいただくまでだ」
 白昼堂々、このような者共が大手を振って歩くとは。
 治安など、まるで守られてはおらぬという事か。
「お兄ちゃん。やっちゃっていいか?」
「待て」
 単なる山賊や野盗の類にしては、荒んだ空気がない。
 それに、風や愛里らに目もくれぬというのは、何とも解せぬ。
 私は、馬を下り、連中の前へと出る。
「理由を聞かせよ。何故、問答無用で襲わぬ?」
「手向かいしないならば、無用な殺生をするつもりがない。見たところ、金と食糧がなくとも不自由はなさそうだからな」
「ほう。それは、我らが官吏だからか?」
「そうだ。貴様らは、あたしら民から搾取するだけ搾取し、自分達ばかりがぬくぬくと暮らしている。それを返して貰う、ただそれだけだ」
 そう言って、女子(おなご)は反りの大きな剣を抜いた。
「鈴々、相手をしてやれ。ただし、殺すな」
「合点なのだ!」
「あまり、あたしを舐めない方がいいぞ? おチビちゃん」
「鈴々はチビじゃないのだ! 行くぞ!」
 蛇矛を水車のように、ブンブンと振り回す鈴々。
 それを見て、女子(おなご)の顔が引き締まった。
「うりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
 怒濤のような鈴々の突き。
「くっ! な、なんて速さだ!」
 必死の形相で、女子(おなご)はそれを受け止めている。
「愛里。どう見る?」

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