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真・恋姫†無双~現代若人の歩み、佇み~
第二章:空に手を伸ばすこと その五
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。男性にとっての真名は、本人が心を許した証として呼ぶことを許した名前である点では女性と同じよ。けれど普通は家族とその伴侶にだけ許すものであって、主従の差を越えて伝えられるものではないわ。勉強が足りなかったようね、仁ノ助?」
「まったくですね、ほんとに」

 まさか男女による意識の違いがこのような形で現れるとは。ぎくりとしっ放しの胸を楽にするように、仁ノ助は自分自身への落胆が篭った息を吐く。まだバレたのが曹操であったから良かったものの、荀イク当たりに漏れてしまえば体の良い罠の実験台として扱われ、『うっかり』事故死してしまう事は必定であった。あの妄執的な忠誠心を持つ彼女の事、未知の人物を説き伏せるよりはそれを滅する事を好しとするだろう。そして主人の機嫌を窺う犬のように尻尾を振りまくるだろう。微笑ましいようで全く笑えない冗談であった。
 曹操は手摺に手を突き、大海原の如く広がる快晴を仰ぐ。その背から放たれる威厳と強烈な存在感に、慧卓は心をぐっと掴まれる思いを感じた。覇者の風格というものを全身で体現しながら曹操は告げる。

「聞きなさい、仁之助。私の父である曹嵩は、巷では忠孝を重んじる役人だとか言われているけど、その風評は正しくない。権力にものを言わせて官職を得て、それによる権益で一財を成す。それが父の真の姿。父の口から出る言葉は、一に金、二に食べ物。部屋からは常にかしがましい女の声。それが現実だった。
 私はそこで、この漢王朝に巣食う膿の正体を見たわ。即ち人間の罪深き業である貪欲さと、それを助長する浅はかで物欲的な精神。それが始祖劉邦から始まった漢王朝が辿り着いた最後の姿。彼の後を継いだ重臣たちが願い、羨んだ天下泰平の先にある、貧者でさえ簡単に予想できたであろう在り来たりな末路よ。
 彼ら漢王朝の君臣達の思想には間違いは無かった。ただ、彼らの思想は正しい形で継受されなかったのよ。城陽王、劉章という傑物もいたけれど、彼は例外中の例外。人々は経世済民に正しさを求めるよりも、あぶく銭を拾い集めて、それで家を造った方がはるか得で、安全だと判断した。それを歴代の漢王朝の役人達は・・・ことごとく実行した。私の父もその一人だった」

 仁ノ助は閉口せざるを得なかった。まるで大地の底より登ってくる溶岩のように重く、そして熱を帯びた言葉であった。これを生み出すのにどれ程の葛藤や覚悟が必要だったのだろう。どれ程の修羅場を潜り抜ければ、これ程までに圧倒的な覇気を放てるのであろうか。自分よりも年少であるのに幾万もの人間の命を背負っている彼女の、何と聡明で健気な事か。国家の礎を変革させるような若き才人を生み出す中原の奇跡、その代表格を目の当たりにした仁ノ助は、ただ彼女の言葉に圧倒されるしかなかった。
 手摺につかれた指がとんと音を立てた。曹操は長社の街並みを見下ろしす
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