『ピース』
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テーブルの上にピースとハイライトを置いて考えにふけっている父さんが、学校が終わり帰宅した僕にこう聞いた。
「セブンスターはピース寄りか?」
「そうだね」と僕が答えると、父さんは無精ひげをなでて黙っている。震災があってからタバコの生産が乱れて、父さんのセブンスターが手に入らない。昔、「ピースの両切り」を忘れていった父さんの友達がいた。親に隠れて吸おうと思ったが、やめて火をつける前の香りだけ嗅いだことがある。その匂いと父さんの吐き出す煙の匂いは別物だったな。火をつける前の「ピースの両切り」はいい香りがする。
「飯はもう出来ているから、鍋の中見てみて」父さんはそう言って「三千円くれるか?」と、言い足した。
僕が学校から帰る前に、父さんは飯を作り、待っている。今晩は大根と鶏肉の煮物だった。地味な色をしている。大根は飴色になって透き通っていた。千円札三枚を財布から出して、父さんに渡した。父さんは黙ってそれを受け取った。その行き先を尋ねるわけじゃないけど、風俗じゃないよな。
「たんぱく質」と父さんが言った。口癖のようなものだ。父さんは体が小さい。骨格が細くて男としては華奢だ。しかしながら中年の性でアーモンドのような形で太っている。小さいころから「たくさん食べなさい」といわれて、僕は大きくなった。馬鹿にされないほどに大きくなったことは感謝すべきかもしれない。
「去年の六月は暑かったか」と、父さんは聞いた。
僕は首をかしげて宙を見た。去年の体育大会を思い出す。
「風は涼しかったな」そう答えると、父さんは「うん」と頷いた。
制服を着替えているとき、父さんが部屋に入ってきて原稿用紙を渡してきた。
一つ二つ悪魔を退けるうち
三つ四つは善人に見えてくる
私は鼻をきかせて
その悪の心がどこに逃げ込んだのか
捜している
あのとき会った善人に火をつけて
うたう悪魔の居所を
見つけてみようと
こころみる
彼らは善人の痛みが好みですから
少し血を流します
そのとき出来た傷跡は
いずれ本当の詩となり
あなたの助けになるでしょう
僕は、その原稿に斜めに光を当てて、そのわずかな凹凸を見た。破り捨てた詩の名残だ。
おれのモノじゃ足りないというのか
スナッッポン スナッポン スナッポン
大きなチンチン見ていると
おれがどんどん小さくなる
世界の罪を背負うよな
残酷な試験を受けるよな
そんな気持ちになってくる
父さんはこんな詩を書く。
この数年間、僕はその落ちぶれていく様を見ていた。それは、知識を詰め込むことで、世界の空が低く落ちてゆくように、僕の世界も狭くしていった。それは形而上の狭さなどではなく、読字障害となって僕に降りかかってきた。
高校に入って
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