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『ステーキ』
カントクの話
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抜け殻にして、新しい自分になたっらいい。ムケちまえ。ムケちまえよ」カントクの映画、芸術じゃないっスよ。思想のない噛み終わったガムみたいですよ。と石花君が言うから。
「味気のない脳みそで映画観るから反吐がでんだよ! 芸術ってのは理屈で観るんじゃないよ。そこに含まれている作家の魂を観るもんだよ。それが見えないから殺伐とした世界になるんだろ? 世の中ってのは様々な魂の色で満ちあふれてるんだぜ? えっ? 『俺が正しいか?』 俺は正しいって事がなんだか理解できないよ。俺が魚なら世の中はライトだ。誰かがキレイに光を当てて飾ってくれる。それが正しさならそれでいいだろ? すべては光の当て方だろうが」弱い奴が強い奴を負かすのが、カタルシスだ、と言う。
「弱い奴が強くなるのは好きじゃない。それは立場が入れ替わっただけだ。さっきも言ったろ? 自分自身になれ。他人と線を引け。そしたら嫌な風なんて全部吹き抜けちまうんだよ。えっ? 俺が映画はじめたのが女優を喰うためだって? 馬鹿かお前。俺は昔から、映画を観るたびスクリーンそっちのけで頭の中に物語が浮かんじまう人間だったんだよ。そのネタが案外面白かったからだぜ」頑張って敵を倒すのが芸術でしょ? 俺の作品どうだ、すごいっしょ。それが芸術でしょ?
「敵がいるってことは運があるってことだ。人間が一番欲しいのは運だから。運があるほど敵が多いんだぞ? 人間ってのは運を奪い合うもんだ。だったら沢山、敵がいた方がいいだろ? 最後にねじ伏せたら全部自分のもんよ。シンジ君はいずれ飽きるよ。この仕事。大丈夫だって」
 電話を切った後、想像で誰かの後頭部を「ポイッ」とはたいた。
「一番最後に、妥協しちまった」

 田舎町にはさみしい薄暮。ふと昔の夢がその時より深く舞い降りる。
 アメリカ人がテレビのインタビューに答えている。
「この映画を観たら、俺の周りからレイプ事件が消えたんだ。荒くれ者の心を包む、やさしい毛布のような映画さ。でも内容はギャング映画なんだぜ。不思議だろ?」
 カントクはちょっとだけ握ってすぐ離した。むかし誰かが吹かせた幻の風の中で見た夢なんだ。
カノジョに電話をする。
以前「俺はもうダメだよ」とくじけた電話をかけたことがあった。そのとき駆けつけてくれたカノジョは本気だった。慰めとも激励ともつかぬ興奮が伝わって心が引き締まった。その後カノジョに対する気持ちが変わった。変わったといっても、丁寧に前戯をする程度のものだけど。それ以来、冗談で「もうダメだ」と電話すると会いに来る。関係を少しゆるゆるにしたいことを了解して欲しかったから。お決まりのセリフでくすりと微笑む小説みたいにさ。えっ? 俺のカノジョ? 修学旅行で見た琵琶湖に似ている。いや、でも、この歳に一人で見る琵琶湖はなかなか趣深いんだよ。

 カノジョが来る間ぼお
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