カントクの話
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退、せめぎ合いあり、精神にゆっくりと疲弊が染み込み、次第に心が熟してゆく。頭の中に美味しいメロンが浮かぶ。そう、俺は熟れた果実。「どうか食べて下さい」と己を差し出す。
俺の目の前には高校生のカップルが座っている。男の子は崩れた顔ながらも、額は若さで輝き、女の子は豊かな表情の中に、醜いものへの侮蔑を含んでいた。若さとはそういうものだ。体に皺が出来てからやっと心が落ち着くんだ。俺は幸福を否定している? いや、誰かの幸福がもたらす誰かの不幸を考えているんだよ。この女の子、幸福をその内に湛え、不幸な視線を敏感に感じるからこそ、この艶やかな男の子と一時の幸せな交わりを楽しんでいるのかも。女の子を不快にさせるのは、己の生まれ持っての幸運である事に気づくかな。幸福があってこそ不幸あらわる。逆も然り。
手触りのある不幸。俺はあごの吹き出物をなでるけれど、そこに思春期のような落ち込みはなかった。俺はこの短編映画を、うまく撮りきることが出来るだろうか。
「何でも自分の中の理屈の枠に押し込んで、他人のでっぱった所片付ける奴の『平和』なんて、誰が信じる! おう、『平和』には不都合とか不条理がつきもんだ。何故こんな事が起きるんだろうっていう、他人との境界線が揺らぐような驚嘆に満ちているのが『平和』なんだ。『平和』ってのは食べてみたら美味かった、みたいなもんだ。いや、手をつないだら勃起した、みたいなもんだ。善人が弱い者イジメを見て笑った、みたいなもんだ。驚きの連続なんだ。触れてみたら想像と全然違ったってことさ。『平和』の中で調子ぶっこいていたら神様があらかじめ用意しておいた異物にぶつかったみたいなもんなんだ。それらすべてが『平和』の一部なんだ。分りきれない事を魂で感じて「触れないでおこう」って思う気持ちも『平和』の一部だ。この世界は整っているようで異物の集まりなんだ。つまり、お前もその異物の一つだ。だから俺はあえて差し込むのさ。低いレベルの『平和』なんて望んじゃいないからね。異物の隙間を縫って天に届くのさ。なぁ、お前は単なる異物から、輝ける真実になれるのか?」石花君が主役をやりたいって、電話をかけてきた。カントクは俺の過去を知らない、とか言って訴えている。
「きっちりと境目を作るんだよ。それしかねぇ。それが『平和』ってもんだろ。きっちり線を引いたら醜い過去も味になるだろ? 過去ってもんはな、自分自身になったら、味になるんだ。境目をつければ、リアルに世の中を感じられる。世の中を渡っている手ごたえを感じられるんだ。それが、生きているってことだ。もし線を引かなけりゃ、すべてが予定調和に終わっちまうよ。そして世界は縮んじまうんだ。そんなもんはワルの世界だ」馬鹿にされる役はもうやりたくないと、石花君は声を張る。
「馬鹿にされる役やった奴が一番世界見えんだぞ。馬鹿な役やったら、それを
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