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フィガロの結婚
35部分:第三幕その十二

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第三幕その十二

「もう一つある」
「もう一つですか」
「そうだ。あの辞令だが」
「ケルビーノのですね」
「そうだ」
 フィガロに応えながらケルビーノをじろりと見るのだった。
「この悪戯坊主のな。何故そなたのポケットに入っていたのだ?」
「それですか」
「この者ではないのか?」
 まだバルコニーのことを言っているのだった。
「本当は」
「ケルビーノがそう言っていますか?」
 フィガロは今度はこう彼に問うてきた。
「それは」
「言っている筈がなかろう」
 伯爵は憮然として彼に言葉を返した。
「その様なことはな」
「私が飛び降りたとすればです」
 またフィガロは機転を利かしてきた。
「ケルビーノにも同じことができます」
「この者にもか」
「違わないでしょうか」
 また誤魔化すようにして伯爵に問い返す。
「それは。私は自分が知らないことに異議を挟んだことはございせん」
「では果たして誰が飛び降りたのだ?」
「ですから私です」
 このことは相変わらずこういうことにするのだった。
「それは御安心下さい」
「こうした場合のそなたには安心できん」
 伯爵はここでもフィガロに対して引かない。
「大体何故辞令があった?」
「偶然です」
「偶然だというのか」
「そうです。たまたま拾いまして」
 こういうことにしてしまうのだった。
「伯爵様が何処かで落としたものかと」
「私の失態だというのか」
「それは未然に防がれました」
 露骨に自分の手柄にしてしまおうとする。
「よいことですね、これは」
「しかしケルビーノは?」
 アントーニオはまだそこにこだわっていた。
「いたのではないのか?バルコニーに」
「ですからそれはわしだと」
 フィガロは彼には強引に言い繕う。
「ケルビーノはほら。こうしてあんたの娘と一緒にいるな」
「それはそうだが」
「それが証拠だ。やはりバルコニーにはいなかった」
 このことはこういうことにしてしまった。
「それで話はわかったな。よかったな」
「わかったようなわからなかったような」
「そうした場合はわかるのだ」
 フィガロの理屈はこれまた実に無茶なものだったが何故か説得力がある。
「わしがバルコニーから飛び降りた。そして足はもう無事だ」
「そうなるのか」
「そうだ。さて」
 ここで遠くから行進曲が聞こえてきた。
「いよいよですぞ」
「婚礼の式か」
「はい、そうです」
 伯爵に対して恭しく述べる。
「では今から」
「わかった。それではな」
「さあ。スザンナ」
 フィガロは傍らにいるスザンナににこやかに笑って優しい言葉をかけた。

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