第二十九話 運命と可能性
[1/5]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
何時からだろう、こんな大望を懐いたのは――――――デスティニープラン。遺伝子によって人生を定め、己の運命を振り回されることなく、総ての人間の人生に幸福を与える計画。
ラウやレイのようにこれ以上苦しむ人間を生み出さず、ありえない幸福を望むこともなくなる。そして、それによって貧困が、不平等が、人の不幸と呼べるものがなくなり、戦争の火種も消え去る。十年単位でも短いだろう。生涯をかけたところで、それが完成するところはこの目では見られないのかもしれない。しかし、それが平和への一歩となるのだ。
悪平等と呼ばれるかもしれない。道筋が一つしかない故に人類は衰退するのかもしれない。だが、例えそうだとしても世界が平和になるということの何が悪いのか?
人類の唯一平和への希望を見出した私の策。だが、たった一つの歯車の狂いがあった。いや、元々歯車などという表現が間違っていたのだろう。人は己の可能性を持って、その形作られた枠すら超える。
それを初めて知ったのは何時だっただろうか?
『それは君が本当にそれを望んでいたことなのかね?』
「フッ、そうだな、私にとって人類の救済となるべき道はそれしかないと思っていた。しかし、現実は私が想像した以上に可能性に満ち溢れ、様々な道が存在したと言うことなのだろうさ」
今になって思うが、何故可能性が一つしかないなどと思っていたのだろうか?遺伝子というものを知ることによって自ら視野を狭め、可能性を潰していたのかもしれない。
クラウ・ハーケン―――遺伝子を見る限りでは何一つ特徴らしい特徴のないコーディネーターだ。おそらく彼の両親はデザイナーベビーとしてではなく、病気などの不幸のない人間になって欲しかっただけなのだろう。
故に、彼の可能性は遺伝子で見れば平坦な人生を歩むべき才だと思っていた。しかし、現実は違った。開発者としても、科学者としても彼は悪魔にも神にもなれるような存在だ。蓋を開けてみればありとあらゆる技術を持ちえていた。何せ連合の強化人間に対して処置を施したのだから。無論、何らかの要因があるはずだと調べた。
だが、遺伝子にはそのような才能は映し出されなかった。キラ・ヤマトのようなあらかじめ才能あふれた人間でもない。SEEDの因子もなかった。
つまり、デスティニープランは完璧ではなかった。そもそも、人をそうやって物差しのように計ることなど出来なかったのだろう。
「だからこそ、新たな可能性を知った中で、私が取るべき道はどうするべきなのかな、ラウよ……」
今はなき、友の幻想を前にして私、ギルバート・デュランダルは問いかける。
『好きにすればいいさ。私の目的は人類に裁きの滅びを与えることだった。君は人を導くことだった。そして、それは果たせるのか?』
「本当に、果たす必要があるのかね?」
『何?』
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ