第5章 契約
第71話 名前
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しかし……。
それまで湖の乙女が座っていた椅子に腰を下ろし、タバサと同じ目線の高さから彼女の瞳を覗き込む。
晴れ渡った冬の氷空に等しい瞳に浮かぶのは間違いなく哀。
「俺は、簡単にくたばったりしないさ」
彼女の頬に右手をそっとあてがいながら、俺はそう答える。それに、あのガリアの王が道を踏み外そうとした時は俺が止めたら良いはず。
少なくとも、一切、人の話を聞こうとしないタイプの王とは思えませんでしたから。
先ほど、この部屋を訪れていた聖賢王ジョゼフ一世と言う人物は。
まして、この王子の影武者役を上手く熟せば……。
「わたしの事など気にする必要はない」
タバサに取って望まない未来からの解放の可能性が出来上がる。そう、考えていた俺の思考を遮る彼女の言葉。
俺の右手を、自らの左手で頬に押さえ付けながら。
彼女の頬、そして左手もとても暖かく、この台詞が彼女の本心からの言葉で有る事は簡単に理解出来る状態。
まして、彼女はオルレアン大公家が再興される事を喜びはしなかった。
そんな彼女が、一時的とは言え俺が貴族の位を得る事を喜ぶ訳は有りませんか。
彼女が貴族としての生活に向いて居ないのならば、俺だって向いて居るとは思えませんから……。
但し、
「そうかと言って、はいそうですかと答えて、タバサを貴族の世界に置いたまま、自分だけ元の世界に帰る訳にも行かないでしょうが」
そもそも、そんな事が出来るのならば苦労はしません。
まして、俺は彼女と最初に交わした約束を、完全に果たす事が出来なく成りましたから。
彼女の母親を正気に戻す、と言う約束が。
確かに、俺の式神のウィンディーネがタバサと共に、彼女の母親の精神を一時的にでも正常に戻せた以上、完全に失敗したと言う状況では有りません。しかし、例えそうで有ったとしても、俺が別の仕事に気を取られて居た隙にタバサの母親に関しては……。
「約束して欲しい事が有る」
頬にあてがわれた俺の手を外し、手の平同士を合わせ指と指を絡めるようにして繋いで来るタバサ。
見た目通り繊細で、華奢な彼女の指に少しドキリとする俺。更に、この繋ぎ方は、顔と顔。そして目と目を合わせるので、人前で為すにはかなり恥ずかしい形。
それでも……。
「俺に出来る約束ならば」
普段通りの、かなり軽い調子で受け入れる俺。
まして、彼女は俺の能力の限界は知って居るし、その上で、性格的に出来ない事がある事も知って居るはず。
無理難題のような物を押し付けて来る事はないでしょう。
俺の答えに対して、微かに首肯いて答える蒼い少女。その瞬間に彼女から発せられたのは決意。この雰囲気は以前にも感じた事が有る強い決意。
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