行洋、楊海
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11月の初め、塔矢行洋は中国棋院を訪れていた。少し肌寒く、薄手のコートを羽織って、中国棋院のドアをくぐった。引退してからここに来る頻度は増えた。教練の李先生としばらく世間話をして、次に棋院のプロたちを対局をする。今めきめきと力を伸ばしているのが楽平という男の子だ。彼と話をする時はいつも伊角の話題が出る。ライバルの情報をせがむ彼に笑みをこぼし、最近の伊角の近況を行洋は伝えた。通訳をしてくれている楊海君は時々楽平君をからかっているようだった。言葉は分からなくても、何となくその内容は理解することができた。
「俺は激しい思い違いをしていたようです。目の少ない将棋用のコンピューターを作るのとはわけが違う。研究すれば研究するほどゴールが見えませんよ」
対局室の隅の席で行洋と楊海は二人だけで話をしている。周りのプロはみんな他の席に集まって検討したり、対局したりしている。楊海は自嘲的な笑いを浮かべた。
「そうか。でもまだまだ始まったばかりだろう。きっと何十年後には」
「そうですね。まあ頑張ってみますよ。神の一手を作り出すためにね」
行洋は碁盤に向けていた視線を楊海に向け、笑顔から神妙な表情になる。
「神の一手」
「ええ。まあそんなものは先生が仰る通り、もう何十年か後なんでしょうけれど」
しばらく二人とも無言になって、先に楊海が口を開いた。
「無理だと思っているでしょう」
「楊海君、私は別に」
「いいえ、顔を見れば分かる。俺も心のどこかでそう思います」
行洋は相手を探るような目をして、それ以外は無表情だった。楊海はこの話の間ずっと自嘲的な雰囲気を醸し出していた。諦めている行洋に対してあまりこの話をしたくないというのもあり、別の話を切り出した。この話題なら、行洋が食いつくと強い確信があったからだ。
「saiは一向に現れませんね」
案の定、机の上に置かれている行洋の指がぴくりと動いた。その後、真剣な顔をして行洋はこう言った。
「saiは本当に秀策の亡霊だったのかもしれないな」
楊海は目を丸くし、行洋をじっと見つめる。そして面白そうに肘掛にもたれかかって笑いを漏らした。
「まさか先生がそう言う日が来るとは」
「今までの彼の棋譜を改めてみたんだ。まさに、現代に蘇った本因坊秀策だった」
行洋は、楊海の後ろを透視しているかのように焦点の合わない目をしている。楊海は少し聞きづらそうに行洋に尋ねる。
「では、俺が以前言ったように、もうこの世から消えてしまったと考えているんですか?」
「そうかもしれない。だが、やはりそれではそれは困る」
「インターネットには他にも強いやつがいっぱい居ますよ。今週あたりに一柳先生とやってみたらどうです?」
それに行洋
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