第七章
[8]前話
「本当にね」
「僕達が出兵している間に決まるなんてね」
「まあ一年あればね」
その一年あればというのだ、今度は。
「色々なことがあるからね」
「一年は長いからね」
二人が出兵している間だ、無事にプガーチョフは捕まり反乱は平定された、かなり大規模な反乱ではあったが。
「だからね」
「そういうことだね、ただ」
「ただ?」
「いや、何でもないよ」
ここでは多くは言わなかった、いや言えなかった。
アイルマンはリーザとのことは隠してはいなかったがおおっぴらにも言っていない、グリドフが知らないだろうと考えてだ。
それで言わなかった、それでだった。
リーザとのことは何も言わずそのまま去ることにした、そして。
とある貴族との宴の場においてもう結婚しとある伯爵の妻となったリーザを観てもだった。
何も言わない、だがリーザは彼と目が合うと。
今も手に持っている扇を出そうとした、だがその彼女に対して。
アイルマンは自分の扇を出してその扇で右耳を隠して扇言葉を出した。
終わった、そうした意味だった。その扇言葉をリーザに見せて。
沈黙した彼女の前から去った、そして全てを終わらせたのだった。
彼も結婚し家庭を持った、結婚して二十年程経った時家でその妻が扇を持っているのを見てこう言ったのだった。
「懐かしいな」
「扇が?」
「うん、昔扇言葉が流行ったね」
「エカテリーナ陛下の頃ね」
妻も夫にこう返す。
「今もあるわよ」
「そうだったね、あの頃は何でも扇で話したけれど」
「そう、何でもね」
「そうしていたね」
「私も話していたわ、今も話してみる?」
「いや、いいよ」
妻の誘いは穏やかに断った。
「今は扇も持っていないから」
「そうなの」
「うん、思い出のままにしておくよ」
こう言うだけだった。
「あの頃のね」
あの頃よりずっと皺の増えた顔で言う、かつてのリーザとの恋を妻が持っている扇に見ながらあの頃のことを思い出しての言葉だった。
そして彼は妻にこうも言った。
「では今は扇は収めて」
「どうするのかしら、それで」
「言葉で直接話そうか」
「そうね、この口でね」
最近の巷のことを話すのだった、今の彼はそうしたのだった。扇では話さずにそれを思い出にしたまま話したのだった。
扇言葉 完
2013・4・2
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