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弱者の足掻き
十三話 「依月」
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かなかった。日々積もるそれは男の心を少しずつ圧迫していった。
 いっそ全てがバレれば楽になれたのかもしれない。機会は何度もあった。けれどそっちの道を選ぶことはなかったし、ありえない仮定を思い浮かべても意味はない。転げないように改めて足を下ろすことなんて出来はしない。

 我が儘を許されるなら、何も知らない世界で生まれたかった。そうすれば物語の主人公のように、輪廻転生を天に感謝し生を謳歌する事も出来た。けれどこの世界は男の知っているもので、自分が異物だと理解出来る場所だった。この世界の主人公は他にいる。確かな未来がある。自分などいるはずがないのだとそう確信できてしまった。

 少しずつ、少しずつ。罪悪感がつのり心が悲鳴を上げるなか、男は決めた。騙し通すのだと。今更何ができるわけでもない。ならば「依月」になる、演じてみせる。そう決めた。今にも自分を押しつぶすような罪悪感を騙す方法がそれしかなかった。
 男は夫婦にとっての理想の息子になれるよう、「依月」になれるよう自分を殺し始めた。

 手がかからないことを嘆いていると知れば夜泣きをした。我が儘を言い、イタズラをして手を煩わせた。
 力の鍛錬を嬉しがられていた。必死で望みに叶おうと死に物狂いで努力をした。
 夫婦の趣味。それを真似ると「自分の子だ、趣味が似るのかもな」と嬉しがった。だから必死で絵を描き、草花を覚えた。

 自分たちの望みに叶う様に動く。そんな息子を夫婦は時たま不思議そうな、変な目で見ることもあった。その度に男はどうすればいいのか分からず泣きそうになりながら、必死で誤魔化した。
 知られれば全てが終わる。その恐怖に背を押され、強迫観念は止まらず手を抜くことはできなかった。
 ただ一つ手を抜いたのは、出来なかったのは名を奪うこと。「イツキ」と。悲しそうな顔をされてもそこは貫いた。

 だから、なのかも知れない。
 夫婦が死んだとき、実感がわかなかったのは。
 これからは「依月」を強く演じる必要はないって思ったのは。
 親だなんて思えず、どこかほっとしてしまうところがあったのは。






 夫婦の墓石の前に成長した男は立っていた。
 目の前の墓に夫婦の遺骨が入っていないのは知っている。ただの空の柩が埋まっている。それでも、ここが夫婦の墓なのだ。
 男は、自分が立派に「依月」になれていたのか知らない。夫婦が疑問を抱かず逝けたのか分からない。

 酷い話だ。必死に「依月」を演じた傍ら、最後まで彼らを本当の親だなんて心からは思えなかった。演じるのに必死で、それが辛くて、思う余裕なんてなかった。最後まで男は親不孝ものだった。彼らから子供を永遠に奪ったままにしてしまった。
 だから、決めた。「生きて欲しい」という願いは叶えると。死にたくない自分と彼
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