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弱者の足掻き
十三話 「依月」
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を感じながら視線を上に、遠く感じる天井に向ける。

「何かもう、どうでもよくなりました」

 それは酷く乾いた、力無い心からの言葉だった。
 
「生まれた時から押し付けられたものを何年も何年も。自業自得だとわかっていてもやめられなくて、捨てられたはずなのに勝手に背負って。そのくせ言い訳ばかりして目を背け続けて。変えちゃいけない流れを変えたのを今更突きつけられて痛がって。そんな自分も嫌になって、疲れたんですよもう」

 きっと今なら喉元の刃を引かれたとしても抵抗なく受け入れるだろう。それほどまでに心は堕ちきっていた。
 抵抗しなければいけないというのは頭では理解できている。けれど体が、心がそれを拒否している。
 時間が経てばこんな自分を戒めるだろう。今この瞬間だけの、魔が差した、とさえ言えない安楽に身をゆだねた命の放棄。それは分かっているのにこの一瞬の腐甘の誘いを蹴ろうと思えない。
 楽になりたい。それが一番近い感情だろう。

 おっさんからしたらわけのわからない言葉の羅列だ。だけどそんな俺の気配は伝わったのか真意を探るような瞳が俺を向く。死ぬわけにはいかないと宣い動いてきた相手のその態度はおかしなものだろう。
 力が掛かり、刃が喉に少し押し込まれる。圧迫され少し息苦しく、呼吸で微動した喉に小さな鋭い痛みが走る。少しして喉の皮膚の上をゆっくりとナニカが流れていく。

「お前何を――」

 突如響いた小さな異音におっさんの言葉が止まる。少ししてそれがドアの鍵が開けられた音だと気づく。
 今いるこの部屋はドアから少し中に入れば目に入る場所だ。家鳴りに似た木の擦れ軋む音、そして響く軽く小さな足音を聞きおっさんは俺の横から頭の側に素早く体を動かす。

 動かせる限り動かした俺の眼球に白の姿が映る。白の瞳もこちらを向く。それはほんの一瞬で、正しく瞬き一回の時間。
見ているのにそれが白だと分からぬほどガラリと、テレビのコマが変わるように纏う空気が変わるのがわかった。“それ”を俺が認識した時には白の手はまるで何かを投げきったように振り抜かれ――

「動くなワンころ!!」

 ドスの聞いた声が俺の上から聞こえる。喉元に掛かる力が一層増し、息を吸うことさえ躊躇いたくなる明確な死の気配が足音を立てる。
 今にも地を蹴ろうとしてしていた白の動きは目の前のそれに抑えられ、勢いを殺すように一歩だけ足が前に出る。白の眉間に皺がより、それだけで人を殺せそうな視線がおっさんを捉える。
 今になって俺は気づく。さきほどおっさんが動いたのは白と自分の間に俺を置くため――少しでも白から距離を取るため。白を牽制するためだと。

――ポタ、ポタ……ピチャリ。
上から滴り落ちてきた雫が霜月の顔に落ちる。それは錆びた鉄の匂いがした。
 

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