偶然に
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「あー、芦原プロに指導碁打ってもらうなんて、もう最高だよ。サインも二枚書いてもらったし」
棋院を改めて見上げ、筒井さんは満足げに口にした。数時間前の晴れ模様はもうなくて、曇り空が一面に広がっている。中道を歩く人は少なく、雲の隙間から洩れる光が一生懸命地上を照らそうとしては消えていった。
「私も、すっごく楽しかった。筒井さんと藤原さんはもう受験になるけど、三人でここに来れて良かった」
寂しさの入り混じったあかりの声に、二人は今年が高校最後の学年なんだと実感させられる。そして部員がまた一人になってしまうことに不安を抱いているあかりに筒井さんは気づいていた。
「囲碁部には10月を過ぎても顔を出すよ。案外、すぐ新入部員が入ったりしてね」
明るく微笑む筒井さんに励まされ、あかりは不安げに胸にあてていたこぶしを緩めていく。
「そうよね。中学のときだって、そんな感じだったもの。ヒカルが入部して、私はそれについていって・・・」
あかりの言葉と比例して、筒井さんは懐かしさに表情を緩めていった。その様子を見て佐為は中学時代の二人を思い浮かべる。自分は知らないけれど、何度かその話は聞いていた。公宏の中学校の創立祭にヒカルが現れて、加賀と三人で大会に出たのが事の始まりで・・・。公宏一人だった囲碁部がどんどん活発になっていったことを・・・。
ぽつ。
腕に落下してきた水滴の感覚に佐為はふと空を見上げた。
「あ・・・雨だ」
その時はすぐにやむだろうと踏んでいたが、十秒もたたないうちに雨は質量を増し、本格的に降りだした。
「うそお!」
三人は急いで棋院の屋根の下に避難して落ち着いた。棋院から出てきた人も外の様子に思わず立ち止まって、携帯を取り出して電話したり、中には強行突破で走っていったりする人までいた。
「通り雨かなあ。そうじゃなかったら今のうちに地下道まで走ったほうが」
不安定な空模様にじれったくなりながら、筒井さんは携帯を開いて天気予報を確認した。
「あ!朝は晴れマークだったのに」
「えー!?」
あかりと佐為は横から画面を覗いて目を見開いた。そこには15時から21時までずらっと強い雨マークが並んでいる。三人は顔を見合わせて、次に屋根の向こうを見やる。容赦なく降り続ける雨に呆然と立ちつくした。
「どうしよう。駅からうちは遠いし」
勢いを増す雨音に判断を急かれる。帰る方法を必死に考えていると、背後から声をかけられ、知った声にびっくりして振り返る。
「進藤君!」
そこにはヒカルが不意を突かれた様子で立っていた。
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