アインクラッド 後編
過ぎ去った時間、消え去った影
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肌の上で踊っていた。穢れを知らない純白の花は、降り立った肌を恨むように崩れ、物理法則のみに従った無味乾燥な球の液体に形を変えて指先へと滑っていく。例え再び凍ったとしても、もう二度と花を咲かせることはできないだろう。土にまみれた醜い氷となって、いつ訪れるかも分からない春を待ち続ける他にない。
まだ自分の体に雪を融かせるだけの温度があったことが可笑しくて、マサキは力なく嗤った。握手を交わした相手が驚かないようにと自身が残した最低限の思いやりなのか、自分が生きていることを誰かに示したいという、独りよがりの想いなのか。もう、握手を交わす相手も、自分の生を感じてくれる存在も、消え去ってしまったというのに。
……いや。自分は信じたいのだ。もう一度握手を交わしてくれる存在を。そして、自分以外の存在を願う、自分自身を。
「……行くか」
誰に聞かせるでもなく、マサキは呟いた。根付いてたった一年足らずにも関わらず未だに抜け切らない過去の癖に、乾いた口から苦笑が漏れる。
――明日、何もかもがはっきりすれば、この癖もこの入れ物を見限って出て行くだろうか。そんな、答えの出ない思考を巡らせながら振り返ろうとした、まさにその瞬間。
「あの……」
指先から零れ落ちた水滴のように澄んだソプラノが、静寂に慣れきったマサキの鼓膜を揺らした。その刺激にハッとしつつ、蒼風の鞘に手をかけながら振り返る。
「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったんです!」
その言葉にマサキが蒼風から手を離すと、声の主はニコリと微笑んだ。
――辺りに舞う雪のように白い肌と、ポニーテールに結わえられた濡れ羽色の髪。均整の取れた愛らしい顔には同色の瞳が輝き、純白のミニスカートからは繊細な二本の脚が伸びる。雪白の肌は太股丈の黒いニーソックスに覆われているが、女性的な肌のハリと柔らかさまでは隠せていない。
彼女はもう一度、天使のように微笑むと――彼女の二つ名にも納得である――、胸元を覆うチェストプレートに手を当て、たおやかな声を響かせた。
「えーっと……こうしてお話するのは初めてですね。初めまして。『穹色の風』さん」
「こちらこそ。『モノクロームの天使』様」
――“穹色の風”。彼女の口から発せられたその一単語に、マサキの眉がピクリと反応した。若干視線に睨みの成分を加えてみるものの、相手は整った顔を苦笑の形に歪めるのみ。
「そんな大層な名前で呼ばないでくださいよ。名前負けしすぎて恥ずかしいんですから。……あ、そういえば、わたしまだ名乗ってなかったですね。……改めて、初めまして。エミといいます」
「……マサキ」
マサキは視線の意味がエミと名乗った少女に伝わらないことを悟ると、ふっと目を背けて名乗り
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