第1部 沐雨篇
第1章 士官学校
006 策士とお菓子
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ロウィンだったらしいがな」
「人生初?」
ジェシカが小さく笑いながら、そう言った。振り向かなくとも分かる。言葉に、笑みが乗せられた声。
ヤンは、彼が士官学校に入る直前まで、父親の宇宙船の中で宇宙を旅し続けていた。そして原作を識っているフロルならば、それがいったいどういう生活だったのかがわかる。ヤンの父親ならば、ハロウィンのためにクッキーを買うくらいならば、壺を磨くための布を与えたであろう。
「まぁ、他にも色んな人に上げているよ」
「なんで?」
ジェシカはボウルを泡立て器で混ぜながら、目を離さないままに尋ねた。逆に尋ねられたフロルが、彼女を見る。
「みんなが美味しいって言ってくれるってのが一つ」
邪魔にならないように、と後ろで括られた金髪。エプロンの下は、動きやすいようにジーンズとポロシャツを着ている。その襟から覗くうなじが色っぽい。
「もう一つは?」
彼女がこねるその腕、その指は、ピアニストの指だった。白く、長く、そして細い。フロルは古い修飾語を思い出す。
??白魚のような指。
「何かを善意で贈り物をしておくっていうのは、例えそれがなんてことのないことであっても、周りの心象を良くするものさ」
「打算的ね」
フロルの視線を感じたように、ジェシカがこちらを向いた。
「ああ、女の子にも受けがいいしね」
「よく言うわ、彼女もいない癖に」
「彼女がいないからって女にもてないわけじゃない」
ジェシカはほんの少しだけその言葉に反応した。ただ顎が小さく引かれた程度の反応である。だがフロルは自分が言葉を選び損ねたことに気付いた。
言い訳が出来るならとっくにしている。だが言い訳は、相手のためにするものではない。どこまでいっても、自分のために紡がれる言葉なのだ。
「・・・・・・もう、十分だろう。カップに小分けに入れれば、あとは焼くだけだ」
ジェシカはそれに視線を戻して、そう、とだけ言った。
それがいったい何に対する応えなのか、フロルには分からない。
***
この頃のフロル・リシャールについて述べたい。
フロル・リシャールが一般的に認知されるようになるのは、後年のアルレスハイム遭遇戦を待たねばならないが、少なくともハイネセン国防軍士官学校においては既に有名人であった。その有名は善良なる変人、というイマイチ評価に困る代物であった。それを高評価と捉えていたのは、フロルくらいのものであったろう。
成績は概ね優秀と呼ばれるラインを保っており、特に実技、中でも格闘訓練における成績は学年随一の声も名高い。戦術や戦略について知識レベルこそ及第点といったところであったが、戦術シミュレーションにおいては勝率8割を超える勝負強さを見せている。
その一方で、彼にはまったく特性のない
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