第1部 沐雨篇
第1章 士官学校
006 策士とお菓子
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パティシエ見習いだった。
そして彼がトラックに轢かれた時も、彼が海外での修行から帰ってきてすぐだったのである。かつての彼がなぜ菓子作りを職業にしたのかと問われれば、それは美味しい菓子を食べた人の表情が好きだったからだ。今の彼は、時代と世界のために、軍人の道を歩まんとしていたが、彼の忘れきれない気持ちが、その慈善行為を行わせていた。
それを聞きつけ、一緒にやろうと言ったのはジェシカ・エドワーズである。彼女もまた子供が好きで、時間のある時にはピアノ演奏のボランティアなどをしている。料理はそれほど得意ということではなかったのだが、カップケーキであればさほど難しいものでもないと知ってか、共同作業に名乗りを挙げたのである。
??それだけれはないだろう。
とフロルも気付いていたが。
ジェシカは部外者であるから、士官学校の調理室は使えない。すると、使える場所はジェシカの家しかなかった。ジェシカは両親と同居していた。その両親も、今日は出かけていないということだった。
大きな紙袋にたくさんのバターや、卵、小麦粉、ベーキングパウダーを買い込んで、二人はカップケーキを作り始めた。
基本的、料理の時のフロルは無口だ。
普段のフロルが、爽やかな青年で、ついでに皮肉屋で、言わなくてもいいことを言うような人間であるから、知らぬ人が料理時のフロルを見れば驚くかもしれない。爽やかな皮肉屋、とはヤンの命名であって、
「リシャール先輩は本人の前でその人の皮肉を言いますからね、いっそ清々しいですよ」
とのことであった。フロルは彼独特の、悪戯っ子が悪戯をする時に浮かべるような笑みで、あけすけに物を言うため彼の皮肉が根に持たれることは少なかった。
対してもう一人の隠れた皮肉屋、ヤンはというと、人前では温順な士官学校生を装い、裏で皮肉を溢すタイプであった。溢す相手はそれなりに気の知れた人物に限っているため、その顔を知る人間は数少ない。後年になって彼の階級が上がるにつれ、彼に反論や批判を言う目上の立場の人が少なくなると、その心遣いも小さくなっていったから、皮肉屋の称号は、専ら彼が有名になってからのことである。
そもそもヤンの皮肉は、鋭すぎる彼の極論や推論を、揶揄の衣で包んだ一種の自己思索の表れであったため、聞く人が聞けばそれが誰も気付かぬような事実の一面を表していることに気付く類の物言いなのだが、それを真面目に発言しないところにヤンのヤンらしさがあると言えよう。もっとも、後世の民衆がやたらとそれを褒め立て、<ヤン・ウェンリー語録>としてそれらを持て囃したという事実は、ヤンに苦笑を与えたという。
ヤンにとっては、ただの皮肉に過ぎない故である。
「ヤンとラップに聞いたわ。彼らには昨年もクッキーあげたんですってね」
「ああ。ヤンは人生初のハ
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