混同
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セミの鳴き声が、混乱する思考を加速させて、しばらく、何も話せなくなった。俺は、目の前にいる佐為が、この世に存在する一人の個人だと改めて確認してから、なるべく二人の佐為を混同しないように心掛けた。が、やはりそれには無理がありすぎた。師、佐為との長年蓄積された思い出が今の佐為に負けるはずがない。佐為が何かをするたびに佐為と比べてしまうし、前の佐為を焦がれるほどに今の佐為にもどかしさを感じてしようがなかった。そんな自分を責めたが、この気持ちはどうにも消えそうにない。いっそ記憶を戻してくれればいいのに、と望んでも、そんなことはあり得ないと分かっている。
「言えない、ですか?」
「・・・」
黙りこむ俺に嘆息を漏らす佐為。俺は顔を上げて、安定しない声色で佐為にゆっくり言い聞かした。悲しそうな瞳に胸が締めつけられる。お前は千年の時を経た幽霊だったんだなんて言えるはずがない。痛いくらいの佐為の視線が、歯がゆい気持ちに拍車をかけていく。
「俺は、何にも隠してないよ。ただ、佐為と一緒にいたいだけなんだ。お前といると、楽しいし、それに・・・」
最後まで聞くのを待たず、佐為はいきなり帰りの支度をし始めた。
「佐為!?」
ショルダーバッグを斜めに掛け、すっと立ち上がる。ドアの前で足を止めると、ヒカルに向き直って、こう言った。
「ヒカル、嘘をつかれるのは不愉快です。私はヒカルに話してほしいんです」
顔をゆがませる佐為に見下ろされる。
「・・・ごめん」
佐為が纏う空気、また、真実を言えない後ろめたさからヒカルはたまらず視線を落とす。ヒカルの様子を少しの間眺めると、顔を背け、流し目でヒカルを見ながらこう告げた。
「・・・また、電話してください」
どたどたと階段をおりる音が佐為に似つかわしくない。玄関の扉が閉まる音を聞き、ベッドの向こうのカーテンを開ける。俺は、佐為が道の向こうに歩いていくのを、その姿が見えなくなるまで追いかけた。ヒカルはそのまま力なくベッドに倒れこむ。目をつむり、これからのスタンスについて改めて考えてようとする。
俺、そんなに悲しそうな顔してたのか。
「・・・俺にはどうしようもないんだよっ」
収まらない感情から、傍にあった枕を正面の壁に思い切り投げつけた。
「俺だけが覚えているなんて、」
いや、そもそも佐為は平安時代の佐為が転生したものなんじゃないのか?だったら虎次郎や俺のことはすっぽり抜けているのか?その夜俺は電話帳の佐為の画面を何分も行って帰ってを繰り返した。結局ダイアルボタンを押すことは出来なくて、寝ようと電気を消しても、暗い天井を眺めるばかりで眠りにつくのは2時を過ぎてからだった。
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