暁 〜小説投稿サイト〜
無明のささやき
第九章
[3/8]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
とにかく、慎重にやれよ。転職のことがばれれば、どんな邪魔が入るか分からんからな。それじゃあな。」
こう言って、飯島は営業部を後にした。

 常務室は社長室と同じ作りで、隣の専務室よりも豪華である。それは南が会長の娘婿だからこそ許されるのであろうが、親族経営もここまでくると、お笑い種である。その常務室のゆったいりとしたソファに、飯島はふかぶかと腰掛けた。
 思えば人の運命ほど面白いものはない。70人近くいた同期も、今では十数名しか残っていない。その同期の中でも、南はどう贔屓目に見ても出世するタイプではなかった。頑張り屋だが、物事をあまり深く考えず、調子が良いだけのどこにでもいる男である。
 それが、今、役員室にふんぞり返り、1000名近い社員を思うがままに動かし、意に添わぬ者を冷酷にリストラする立場にある。その結果、二人の男は死に追いやられた。飯島は苦い思いを噛み締めた。
 靴音が響いた。ドアが開かれ、ことさら冷徹な印象を与えたいのか、南が眉間に皺を寄せ部屋に入ってきた。ソファに座ったまま立とうとしない飯島に一瞥を与えると、自分の机に向かった。どうやら、飯島と同じ目線で座りたくならしい。
 どっかりと皮張りの椅子に座り、重厚な木製の机に両手をつき、幾分高くよく響く声を発した。
「飯島君は、とうとう辞める決心をした。そういうことですか。」、
南が、立ちあがろうとしない飯島に腹をたてているのは見え見えだった。思わず笑みを浮かべて答えた。
「お前に、心を見透かされるくらいならな、やっぱり、立ち上がって挨拶すべきだったか。ご慧眼、恐れいりますってところだ。」
「ああ、以前の飯島君であれば、直立不動で立ち上がり、ぺこぺこしたはずだ。」
「別にぺこぺこしていたわけじゃない。敬意を表して、お前の望む俺を演じていただけに過ぎん。いつだって、後ろを向いて舌を出してたんだが、それに気付かないとは、実にお前らしい。それに、立ち上がろうと思ったけど、ソファが深すぎてね。」
「それにもう一つ。私に対して優位に立てる材料を持っている。強気でいられるわけだ。」
「ああ、これのことだろう。」
そう言うと、飯島は胸のポケットから封筒を取り出し、テーブルの上に放り投げた。南は封筒に一瞥を与えただけで動こうとしない。そして、深いため息をつくと口を開いた。
「そいつを交渉の材料としないところは、潔さが信条の飯島君らしいな。今日呼んだのは、それを持っているかどうか確認したかったからだ。まさか本当に持っていたとは。」
「佐久間が郵送してきたんだ。」
南は何度も頷きながら、
「佐久間は、お前が自分の仲間だと言い張った。その写真を撮ったのは飯島だから、ネガは飯島から受け取るように指示してきた。5000万円をせしめておいて、ネガを返さないなんて、ふざけた話だ。」
と言っ
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ