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無明のささやき
第八章
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死で堪えながら、酔いが睡魔に変わるのを待った。少し眠りかけた時、けたたましく電話のベルが鳴り響いた。
和子かもしれないと思った。何故そう思ったのか、自分でも不思議だった。きっぱりと諦めて別れたはずなのだから。飯島は、胸の高鳴りに我ながら舌打ちし、いそいそと起き上がり、受話器をとった。
「もしもし、飯島です。」
「もしもし、私、章子。」
飯島は、落胆とともに押し黙った。かなり動揺している。和子が襲われて以来、章子には連絡していなかったのだ。沈黙に耐えかねたように、章子が重い口を開いた。
「どうしたの、なに黙っているの。」
飯島は章子の声が震えているのに気付いた。
「どうした。声が震えているぞ。」
「だって、携帯に電話しても出ないし。しかたなくあなたの家に電話することにしたの。奥さんが出たらどうしようと思って。今、大丈夫なの?」
声の震えから、章子が飯島の離婚を聞きつけ電話してきたわけではないことは分かった。しかし、そのことはいずれ章子も知ることになるだろう。そう思うと、気持ちが暗くなる。飯島はまた押し黙った。
「ねえ、何故黙っているの。」
「いや、別に、何でもない。」
「ずっと連絡もくれないんだもの。」
飯島は何をどう話したらいいのか分からず言葉を探した。章子がもう一度聞いた。
「ねえ、何か言って、いったい何があったの。」
「いや、本当に何もない。ただ、気が滅入っているだけだ。」
またしても静寂が二人を包んだ。そして唐突に、章子がきっぱりと言った。
「分かったわ。何もなかった。そういうことね、そうなんでしょ?」
 飯島は、離婚のことを、今、章子に言う気になれなかった。章子のイメージは佐久間の暗い影と重なる。まして関係を続ければ更に佐久間を刺激することになる。和子のことを思うと、それは避けたかった。
 それに章子の影にちらつく佐久間への嫌悪感が、気持ちを萎えさせていた。章子の上ずった声が響いた。その声には、恥じらい、愛執、期待、打算、全てが含まれていた。
「でも、聞いて。私どうしたらいいの。あれが、ないの。ずっとよ。」
「あれって、なんだ。」
「あれはあれよ。女の月のものよ。」
 飯島の脳細胞を満たしている血液が一瞬にして沸騰した。離婚の原因は、章子との浮気だった。そして、今、章子は平気で嘘を言っている。飯島が切れた。
「ふざけるな、嘘を言うのもたいがいにしろ。俺には種が無いんだ。病院で検査してもらった。俺には種がない。」
 怒鳴り声が尋常ではない。急激な感情の高まりに飯島自身が驚いた。一瞬、逡巡する自分を意識した。頭を冷やそうか、それとも激情に自らを委ねるか?ふと、若かりし頃の苦い思いが脳裏を過った。次ぎの瞬間、怒りは爆発していた。
「お前は、またしても俺を騙そうというのか。あの時だって、お前は、俺と佐久間さ
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