機会
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腕の痕は日に日に薄くなって、ついにはすっかり消えてしまった。あれが残っていた方が良かったのか、残っていない方が良かったのか、見当もつかない。が、ヒカルは無くなっていくうっ血の痕に寂しさを寄せていた。あれから5日。建物の中に居ても雨の匂いが鼻をかすめる、外出には向かない日だった。
「進藤!今日碁会所で打たないか」
木曜日の予選の帰りに一階のロビーを俯き加減に歩いていたヒカルを、ライバル、塔矢アキラの通る声が引きとめる。
「塔矢」
エレベーターからこちらに早足で向かってくる塔矢アキラを見て立ち止まる。
「碁会所か。そうだな、最近行ってなかったし」
了解の意思を告げると、塔矢は自分ももう帰るところだからこのまま行こうとヒカルを誘い、ヒカルも賛成した。入口のいっぱいになった傘置の前で自分たちのを探していると、背後から伊角さんの声がした。
「伊角さん、和谷」
この二人はもう名物コンビと言っていいほどいつも一緒にいる。
「進藤、お前も帰るのか」
「ああ、これから碁会所」
反射的に和谷の視線が塔矢を捉えた。すぐにむすっとした顔になる。
「なんだ、塔矢の碁会所か」
「ああ」
そこで思い出したように和谷が口を開く。
「そうだ、佐為のこと覚えてるか?」
不意打ちの発言に目を見張り、手にした傘の持ち手に力が入る。
「覚えてるけど・・・どうしたの?」
震える声で促すと、和谷はすらすらと話し始めた。
「あいつに俺たちが昔賭け碁してた碁会所紹介してやったんだ。そんで今日そこ居るって今連絡あったんだ」
「今行くとこなんだけど、進藤来れないよな」
伊角さんは肩を落として、腕を組む。ヒカルは塔矢との約束を優先するはずだ。そこに、今まで黙って話を聞いていた塔矢が割って入ってくる。
「ちょっと待ってくれ。さいと言ったな。あのsaiか?」
思わず噛みつく塔矢に和谷も応戦する。
「なわけねーだろ!あいつはまだ院生レベルだぜ。それに年も一つしか違わねえやつがsaiなわけあるか」
塔矢はあてが外れてがっかりする。また始まった、と伊角さんが和谷をなだめる。伊角はもうこんな役回りには慣れっこだが、どうしても塔矢に対する同情がぬぐいきれない。
「和谷!どうしてお前は塔矢にそんなにきついんだよ」
「別にこいつが・・・」
「塔矢、ごめんな。じゃあ俺たちは行くから」
信用ある伊角さんの言葉だからなのか、塔矢は軽く頭を下げた。二人の話し声が遠くなっていくのをヒカルは聞いた。ドアが開け放たれ、じめじめした空気が流れ込んでくる。10メートルほど遠ざかったころ、ヒカルはもうこの気持ちを抑えきれなかった。
「待って!俺、行くよ!」
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